結論から申し上げると、現在の「心療内科」という標榜科名の用いられ方は、かつての「神経科」の用いられ方と酷似しています。
精神科と神経科と神経内科と心療内科 (6)でも述べましたが、「神経科」とは、「精神科」の持つネガティブなイメージを和らげるための発明であると言え、「利用者側に立った医療機関の配慮の1つ」とされています。しかし、長く使用される中で、「神経科」は次第に「精神科」と同一視されるようになり(本来が同一のものなのですから当然ですが)、「精神科」と同様の偏見に晒されるようになってきました。
そこに、絶好のタイミングで現れたのが「心療内科」であった……と、少なくとも個人的には思っています。
字面からして「精神科」とは異なるイメージを備えていて、「心の問題を治療する内科」とも読める「心療内科」は、精神科受診への心理的抵抗を持つ患者さんたちを医療に繋げるための絶好の方便であると考えた精神科医が多数いたのではないでしょうか。
こうした精神科医たちのモチベーションの源は、患者さんたちに治療を受けてもらいたいという純粋な医学的熱意だったかもしれませんし、開業するにあたって「精神科」よりも「心療内科」を標榜した方が患者さんが集まりやすいので儲かりそうだという打算であったかもしれません。
いずれにせよ、少なからぬ精神科医が半ば確信犯的に「心療内科」を標榜し、一方で少数の心療内科医が当然ながら「心療内科」を標榜していることで、患者さんに混乱をもたらしていることは事実でしょう。
精神医学の立場からは、患者さんにとっての間口が広がったという点において、この事態は罪よりも功の方が多いといえるのかもしれません。
しかし心療内科という標榜名の「借用」は、精神科医療に対する偏見が甚だしいなかで行われた緊急避難的措置にすぎず、問題解決のための根本的な解決方法であるとは言えません。