2011年12月09日

うつ病の治療(抗うつ薬)をいつ止めるか (3)

一般論で申し上げれば、うつ病には「治癒」という概念はありません。
もう薬を飲まなくても絶対に再発する可能性は無い、という状態にはならないということです。

近年うつ病は、高い確率で再発する反復性・慢性の疾患として捉えられるようになってきています。
ただずっとうつ状態ということを意味するわけではなく、「寛解」と「回復」という概念があり、この回復をいかに保つかが慢性期のうつ病治療、すなわち維持療法の肝となります。

この有名な図をご覧ください。
http://www.e556e556.com/qa/depression_remission.gif

うつ病の急性期に抗うつ薬治療を行うと、半数の患者様は3ヶ月以内に「寛解」(うつ症状がない状態)に至ります。
ただ、ここで喜んで治療をやめてしまう高い確率で「再燃」します。
このため寛解後3~9ヶ月間は抗うつ剤の量を減らさずに維持療法を行います。その間に症状が現れなければ「回復」とみなされます。

多くの研究では回復後も維持療法を続けることで再発率が下がり続けることが示されています。
ただ、臨床的には、多くの場合、回復まで至れば薬の中止を考えてよいでしょう。それでも、順調に進んだ場合であっても1年間は抗うつ薬を飲むことになります。

ここまでが一般論です。
これをいかに患者様に個別化して、どのように薬物療法の中断と二次的に生じた問題の解決を行っていくかが、精神科医の腕の見せどころ、ということになるでしょうか。


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2011年11月12日

うつ病の治療(抗うつ薬)をいつ止めるか (2)

精神科医の側がうつ病の治療をいつ止めるか、という出口戦略をもっていないところにきて、近年、話を複雑なものにしているのが「うつは心の風邪」キャンペーンでしょう。

ざっと調べた所では、これはどうやら1999年に、デプロメール(=ルボックス)を売り始める際、明治製菓がひねくりだしたキャッチフレーズのようです。

このキャンペーンによりうつ病の患者様が精神科/心療内科を受診しやすくなった(そして抗うつ薬の売り上げも伸びた)という「功」が強調されることが少なくありませんが、「罪」の方が大きいだろうというのが私の個人的意見です。

患者様に、「うつ病とは一過性の病気で、短い期間だけ薬を飲んで休んでいれば治る病気である」というイメージを持たせてしまったように思うからです。

精神科医の大半は薬をだらだらと出し続けるつもりでおり、患者様は薬を飲めばうつ病はすぐに良くなり元通りの生活が出来ると思っている――単純化すれば、「うつは心の風邪」キャンペーン以降、そういった構図が精神科臨床の現場に出来上がってしまいました。

そのどちらの考え方も間違っています。

うつ病は再燃・再発のリスクが高い慢性疾患であって、「風邪」のような一過性の病態からは程遠いものです。
しかし一方で、だからといって漫然と薬を出し続けていいというものでもありません。

医師を正しく教育し、患者様を正しく啓蒙する必要が、日本のうつ病の臨床にはあるように思われます。


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うつ病の治療(抗うつ薬)をいつ止めるか (1)

抗うつ薬はいつ止められるんですか? ――臨床でも、JustAnswerでの相談でも、うつ病の患者様から、しばしば訊かれる質問です。

この質問は、精神科医(の大半)が医師という職業カテゴリーの中で以下に未成熟な集団であるかの証左です。
外科で虫垂炎の手術を受けてから、「私はいつまで入院していればいいんですか?」と訊く患者様はおられないでしょう。
内科でインシュリン注射による治療が開始されてから、「で、私はいつまでこの注射を打っていればいいんです?」と訊く患者様もいません。

治療ゴールを示し、そこにいたるまでのステップを示す「クリティカル・パス」的な発想は、多くの精神科医にとって縁遠いものです。
それはひとつには、精神医学の歴史が病名隠蔽の歴史であったことと関係するでしょう。「あなたの診断は統合失調症です」、「あなたがかかっている病気はうつ病です」――そう告知すること自体が患者様の病状に侵襲的に働くと信じられてきた暗黒の時代が、精神科では長く続きました。

これは精神科医側だけの問題ではなく、患者様やそのご家族の問題でもあります。自分が、身内が、精神科疾患にかかっていることを拒否せずにはいられない心性が患者様サイドにもあった(ある?)ことも事実です。

しかして、精神科においては病名を告げず、治療方針を告げず、薬の作用と副作用を説明をせず、いつまで治療が続き、最終的に予想される転帰がどのようなものであるかを治療開始時に告知せずに治療が開始されるという文化が精神科臨床に根付くことになりました。


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2011年11月11日

国内外における睡眠薬・安定剤の処方傾向の違いに想う

JustAnswerで精神科臨床関係の相談に回答していますが、ネットという特性もあって、海外在住の日本人の方々からのご質問が少なくありません。

やはり言葉が通じない、もしくは母国語ほどに細かいニュアンスを伝えられない環境では、精神科受診はハードルが高いようです。
また、GP(general practitioner)を受診してから、紹介を受けて数ヶ月してようやく専門医の診察を受けられる、といった医療制度がとられている国もあります。
たしかに、そういった状況にいる方々にとっては、文字のやり取りであっても日本語で精神科的問題を相談できるシステムというのは有用なのだろうと思われ、すこしでもお役に立てるよう、日々心を砕いています。

そんな中で痛感させられることの違いのひとつがやはり睡眠薬、安定剤(ベンゾジアゼピン系薬物)の使用実態の違い。

恐らくほとんどの先進諸国ではunderuse(使われなさすぎ)。
SSRIを服用してactivation syndromeを起こして不眠と不安を呈していても眠剤も安定剤も出してもらえないのだがどうしたらよいか、という相談を受けたりします。
だからSSRI服用に伴う自殺が取り沙汰されたりするのだろうな、と思ったりもしつつ、GPに1週間ぶんくらいは眠剤の処方を希望できないのかと逆質問すると、やはり駄目なのだそうで。
Activationは1~2週間で治まるから待つように、と言われるそうです。
それくらいベンゾジアゼピンの使用は徹底して制限されているようです。

一方で国内からの質問は一定数が、「もう何ヶ月(時には何年)も薬を飲み続けているが良くならない。病院を変えた方がいいだろうか」という質問。
良くならないのになぜ何ヶ月も通っていられるのですか? とこちらから訊くことはありませんが、処方を確認すると案の定というか、皆さん、ベンゾジアゼンピン漬け。
2剤3剤併用は当たり前で、高用量を月単位・年単位で服用されている方がごろごろ。症状が良くなろうが悪くなろうがお構いなしに継続されている例が大半です。
日本では間違いなくoveruse(使いすぎ)。

どちらも正しくないのだろうな、とは思いますが……。


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2011年11月03日

精神科多剤併用に対する動き

【中医協】睡眠薬多剤投与でマイナス評価も
厚生労働省は11月2日の中央社会保険医療協議会(中医協、会長=森田朗・東大大学院教授)の総会に、睡眠薬や抗不安薬を3種類以上処方した場合の報酬の在り方を論点として提示した。「多剤処方した場合に、何らかのディスインセンティブを付ける」(厚労省)ことも視野に入れた提案で、特に反対意見はなかった。 (医療介護CBニュースより引用)

ようやくこうなったか、という印象です。精神科の多剤併用はどうやら医師の知識や意識の底上げではどうにもならず、保険診療報酬で切るしかないだろうなと思っていたので。
いきなり断行すると現場で混乱が起こると思われるので、移行期間は必要でしょうが、きっと、やればやれてしまうはずです。
どうせなら、抗うつ薬や抗精神病薬にも同じような制限を設けてもらいたいものです。

そういえばこんな記事も。
睡眠薬、3種処方6% 厚労省「依存注意を」
2009年に病院などで睡眠薬を処方された人のうち、3種類以上の睡眠薬を処方された割合が6.1%だったことが1日、厚生労働省研究班の調査で分かった。抗不安薬で3種類以上処方されたケースは1.9%だった。同省は睡眠薬と抗不安薬について、3種類以上の処方は薬物依存の可能性などを十分考慮するよう医療機関や患者に注意を呼びかけている。(日本経済新聞より引用)

こういったニュースが偶然重なるわけはないので、厚生労働省がリリースのタイミングをコントロールしているのだろうと憶測。
理由は患者様のためではなく医療費の抑制かな……。


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2010年05月25日

Natsuさんからのコメント

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Natsuさんから、非常に示唆に富むコメントをいただきました。

たしかに、「ベンゾジアゼピンの依存は,それが形成されたのと同じ期間をかけてようやく大過なく離脱までもっていくことができる」という私の記述には舌足らずのところがあり、多くの患者さんに不安を抱かせてしまったかもしれません。
なにしろ、現在の日本の精神科医療の現場では、10年以上に渡って漫然と向精神薬を処方されている患者さんはザラにおられるからです。

コメントをいただいたエントリーを書いたときは私は漠然と2~3年程度の期間ベンゾジアゼピンを服用していた患者さんで処方を中止する場合をイメージしていたのですが、それ以上の長期服用に至ってしまった患者さんへの対処についても触れておくべきでした。

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2010年03月31日

さかきさんのご質問に対する回答➂:睡眠薬の精神依存

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「睡眠薬とりわけbenzodiazepine系睡眠薬は、精神科臨床のみならず一般科においても処方される頻度が最も高い向精神薬の1つである。睡眠薬の乱用・依存問題は、現在の薬物関連問題の中で突出してはいないものの、歴史と広がりをもっている。精神科臨床における睡眠薬関連症例は、薬物関連精神障害の10%程度を占め、抗不安薬等の併用率が高く,75%以上が依存症候群の診断を満たしている。睡眠薬の長期使用は、軽度とはいえない精神依存、身体依存をもたらし、比較的速やかに依存に至ることが示唆される」(尾崎茂、和田清.睡眠薬乱用・依存の実態と対策.臨床精神薬理 9巻10号

ここで述べられているのは、精神安定剤や睡眠薬といったベンゾジアゼピン系薬物に対する依存には、身体依存と精神依存とがあるということです。

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さかきさんのご質問に対する回答②

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さかきさんの不眠が精神医学的な基礎疾患を伴わないものであるという仮定でお話をします。

私がさかきさんの主治医であったとしたら、(最初からデパスを処方しないであろうと思いますが)、さかきさんがデパスを止めたいと希望されたら、ただちにデパスの処方を中止します。

代わりに何か他の薬を処方するということもしません。

そもそも薬物を必要とするような不眠であったかどうかが疑わしいところですし、1日量0.5mgのデパスを3ヶ月飲んだからといって依存が生じている可能性はきわめて低いからです。

薬を止めて、「しばらく様子を見てください」と告げて、2週間後くらいに来院していただくことになるでしょう。

ここからはさかきさん個人の問題ではなく、一般論として話を進めます。

上記のような対応をした場合、患者さんの反応はいくつかの典型的なパターンに分かれます。
「はい、わかりました」と納得される方は稀で、大多数の患者さんが、不満や不安を表出します。

それを撥ねつけて(私が実臨床でそれをやることはまずありませんが)帰宅させた場合、経験的には、半数の患者さんは2週間後に来院しません。

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2010年01月26日

さかきさんのご質問に対する回答①

さかきさんからのご相談に対する回答です。

さかきさんのご質問にお答えするためには、さかきさんがどのような診断に基づいてデパスを処方されたのかをまず知る必要があります。

他に精神医学的な疾患がなく、不眠だけが問題である場合であっても、その不眠に対して「概日リズム睡眠障害」のような診断が付くこともあります。
「なぜ眠れないのか」がわかれば、薬物療法以外の対応が可能かもしれません。

また、うつ病のような精神医学的基礎疾患があった上での不眠であるならば、原病がよくならないうちは、不眠だけが改善することは稀かもしれません。
この場合のうつ病と不眠は、風邪と咳のような関係にあるといえます。

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2010年01月10日

エスシタロプラム(シプラレックス/レキサプロ)日本登場?

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満を持して、といったところでしょうか。

新年早々届いたニュースです。

抗うつ剤「エスシタロプラム」の日本国内における販売契約締結のお知らせ

持田製薬が治験を行なっているのは知っていましたが、精神科領域で名前が通っているとは言えない会社なので、治験も、それがうまくいったとしてもその後の販売も、苦戦するのではないかと予想していました。

こうしたプレスリリースが出るということは治験がうまくいっているのでしょうから、まずはめでたし、というところでしょう。

新薬が出たからといって臨床の現場での治療成績がよくなるという実感は正直言ってあまりないのですが、選択肢が増えるのは悪いことではないでしょう。

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