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2006年11月 アーカイブ

2006年11月03日

精神科と神経科と神経内科と心療内科 (1)

はじめまして。猫山司と申します(ハンドルネームです)。
しがない勤務医ですが、ブログ開業しました。

日本における精神科医の数は十分であるとはいえません。私も含めて大多数の精神科医は、普段の診療では常に時間に追われていて、患者さんのお話を十分に聞けなかったり、疾患や治療法についての十分な説明ができていないのが現状だと思います。

精神医学に関する情報を効率的に発信する手段として、また皆さんからのご意見をいただくことで患者さんに対する私の理解が深まることを期待して、ブログという媒体を利用してみることにしました。

このブログを始めるにあたっての最初のテーマとして、「精神科と神経科と神経内科と心療内科の区別」を選びました。
かなりのそもそも論ではありますが、この4つの標榜科の違いがわかっていらっしゃる患者さんは実は少ないのではないかと感じています。
患者さんだけではなく、時には医療者でも4科の違いが十分に理解できていない場合が少なくありません。

そのため、患者さんが精神的な不調を感じられて医療機関を受診される場合、また、自分が診ている患者さんに精神的フォローが必要だと感じた他科の医師が紹介状を書く場合、しばしば適切ではない標榜科を選んでしまうことがあります。

どんな病気にも言えることですが、早期発見と早期治療が良好な予後につながります。
治療のスタートで躓かないように、躓いてしまったとしてもすぐに軌道修正できるように、似て非なるものである精神科と神経科と神経内科と心療内科の違いはぜひとも認識しておくべきでしょう。

数回に渡ることになると思いますが、まずこのテーマでお話を始めさせていただきます。

>>>精神科と神経科と神経内科と心療内科 (2)
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2006年11月04日

精神科と神経科と神経内科と心療内科 (2)

まずは他の3科とのオーバーラップがいちばん少ないと思われる神経内科の説明から始めましょう。

神経内科で扱う(扱われるべき)疾患は、中枢神経(脳や脊髄など)や末梢神経に問題が起こることで生じる機能不全・障害です。

うつ病や統合失調症といった精神疾患も、脳の機能不全や障害なのですが、神経内科は精神疾患を診る科ではありません。
……やっぱり難しいですね(笑)。

神経内科的な疾患のど真ん中に収まるのは、手術を必要としないレベルの脳卒中(脳内出血や脳梗塞)、パーキンソン病や筋萎縮性側索硬化症のような変性疾患です。

CTやMRIで病巣が描出できる病気は神経内科、できない病気は精神科……という分け方がよく用いられますが、これはまずまず的を射た説明だろうと思われます(ただし、脳画像検査や神経心理学的検査技術の発展はめざましいものがあり、将来は精神疾患の画像診断が実現するのではないかとも言われてますから、この定義も風前の灯火なのかもしれませんが)。

要するに――
運動機能や感覚に障害がある場合は、神経内科を受診すべきでしょう。
そうした症状を説明しうる中枢神経や末梢神経の器質的な問題がみつかれば、そのまま神経内科で治療を受けることになります。
けいれん発作や、認知症を思わせる記憶障害なども、本来的には神経内科の守備範囲です。

逆に、気分の落ち込みや、幻覚・妄想、不眠、不安といった精神的な問題を主訴に神経内科を受診すべきではありません。

もちろん、そうクリアカットに判断できない場合もあるわけなのですが……。

次回ももう少し神経内科についてのお話を続けます。

>>>精神科と神経科と神経内科と心療内科 (3)
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2006年11月06日

精神科と神経科と神経内科と心療内科 (3)

今回は前回の続きで、神経内科と精神科のオーバーラップ部分についてお話ししましょう。

クリアカットに両科を区別できないことがあると書きましたが、それは以下のような場合です。

① 神経内科の対象疾患の部分症状として精神症状が現れる
たとえば、アルツハイマー型認知症の場合、記憶障害も目立たず、MRIなどで脳の萎縮が検知できないくらいのごく初期に、高率に抑うつ症状を呈します。このような患者さんは、まず精神科で治療を受け、痴呆が進行してくると神経内科にバトンタッチ、というのが一般的です。
また、進行した痴呆では、BPSD(Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia:痴呆の行動と心理症状)と呼ばれる様々な問題行動が生じます。
痴呆は本来的には神経内科で治療されるべき疾患ですが、行動障害や精神症状が強いと一般病棟でのケアが難しくなるため、精神科での管理が必要になる場合があります。
遺伝性の変性疾患で、不随意運動を主徴とするハンチントン舞踏病では、統合失調症様の精神症状や人格変化が認められることがあります。この場合もやはり精神科との併診が勧められます。

② 神経内科疾患の治療によって精神症状が現れる
有名なのはパーキンソン病で、治療薬であるドーパミン製剤の副作用で幻覚や妄想が現れることがあります。病状によっては精神科へのコンサルトが必要となります。
また、自己免疫疾患などの治療に用いられるステロイド製剤の副作用によって抑うつ症状や「ステロイド精神病」が現れることがあります。

このような例を挙げたのは、皆さんを混乱させようと思ってのことではありません。
精神疾患と同じような症状が認められることはあっても、神経内科の病気は神経内科の疾患であるということを強調したかったのです。

本来的には神経内科の疾患であるわけなので、治療の軸足は神経内科に置いておいた方が患者さんは大きな利益を享受することができます。

精神症状はどうしても目立つので、そちらの治療が優先されてしまうことが少なくありませんが、患者さんのご家族や、そして何より医療者が、神経内科と精神科の線引きを認識した上で、両科が協働して最良の結果を目指すことが重要です。

次回は精神科と神経科についてです。


>>>精神科と神経科と神経内科と心療内科 (4)
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2006年11月10日

精神科と神経科と神経内科と心療内科 (4)

今回は精神科と神経科の区別……の予定でしたが、少し寄り道をさせていただくことにします。

まず皆さんにお礼を。
まだ始めて間もないブログですが、皆さんから応援のコメントやトラックバックをいただきました。虚空に石を投げていたわけではないことがわかって嬉しく思うとともに、身が引き締まる思いがしました。患者さんにとって有用な情報を、できるだけ正確に、かつわかりやすく伝えていくべく努力していこうと思いますので今後ともよろしくお願いいたします。

本日、GoodSmileさんからいただいたコメントに、私がこの項でとりあげようとしている問題の原因のひとつが含まれているように思えました。
今回はそれについて述べさせていただきます。

GoodSmileさんのコメントを一部引用させていただきます。
> 過日、総合病院の精神科を受診しようとしたら予約がいっぱいで1ヶ月待ちと
> いわれました。
> やはり大きな別な病院では2ヶ月待ちとのことでした。

精神科を受診する場合、総合病院の精神科がよいのか、単科の病院やクリニックがよいのか――これについては個々の患者さんの診断や状態、なにより医師の質にもよるので一概にはどれがよいとは言えません。
ただ、評判が良い病院ほど初診までの待機期間が長かったり、受診できたとしても3分間診療にならざるをえないというデメリットもあります。
このあたり、日本の医療機関が抱える構造的問題+精神科医の量的不足の合わせ技だと言えるでしょう。

構造的問題というのは、専門医を受診するまでの制度の問題です。

欧米では、総合病院や大学病院の精神科専門医を受診するまでのハードルは日本よりもかなり高く設定されています。
もっとも先進的な(極端な?)医療モデルのひとつとされているイギリスの場合、大学病院の精神科を受診しようとすれば、待ち時間は1ヶ月では済みません。

イギリスではNHS(National Health Service)という国営医療制度が発達していて、住民は身体的・精神的不調を生じた場合、まず居住地域ごとに割り当てられたGP(General Practitioner)の診察を受けなければなりません。GPは、基本的にはどのような病気の初期対応もできるように訓練されたプライマリケア専門医です。このGPが、より専門的な治療が必要だと判断し、紹介状を作成した場合のみ、患者さんは専門医を受診することができます。
逆に言えば、GPの紹介が無い場合、専門医を受診することは非常に困難なのだそうです。

紹介状を作成してもらえた場合も、専門医の診察を受けられるのは数ヵ月後です。英国留学経験者によれば、精神科の場合で待ち時間は平均半年くらいだということでした。
しかし、専門医のレベルは非常に高く、診察が始まってから受けられる医療の質は高いものになります。
専門医が1日に診る外来患者数はわずか数人。当然3分間診療などはありえず、コメディカル・スタッフの質や量も充実しているため、かなり濃厚なケアがなされるわけです。
ただし、専門医療機関での治療が必要無いくらいに回復した場合は、またGPのもとで治療を受けることになります。

この日英の医療制度の違いは、専門医へのアクセスの容易さと専門医の治療の質という観点で議論されることが多いのですが(アクセスが容易なら専門医に患者さんが集中するので、3分間診療にならざるをえず、治療の質は低くなりがち→日本型/アクセスが制限されると専門医の治療の質は高くなるが、専門医受診までの門が狭く、高くなりがち→イギリス型)、他にも重要な側面があると私は考えます。

それがこの「精神科と神経科と神経内科と心療内科」のテーマとも深く関連します。
GPを経て専門医の診察を受けるイギリス型制度においては、患者さんがどの科を受診するかを選択する必要がありません。たとえば、精神科と神経内科と心療内科のどれを受診すべきかを患者さんが迷うことはイギリスではないのです。
受診した患者さんがどの科において専門的治療を受けるべきか――そういった「交通整理」のスペシャリストであるGPが、適切な科を選択し、紹介してくれるからです。

初期治療が大切なことは初回にも述べましたが、その初期治療を受ける専門医の決定をしてくれるスペシャリストがいることがイギリス型治療の大きなメリットのひとつであるように私には思われます。

英国ではプライマリケア専門医が行っているような微妙な判断を、日本においては患者さん自身が下さなければならないわけです。

次回は精神科と神経科について、です。


>>>>精神科と神経科と神経内科と心療内科 (5)
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2006年11月11日

精神科と神経科と神経内科と心療内科 (5)

このブログを書くにあたって用いる資料はできるだけ皆さんが確認可能で、かつ確度が高いものを用いようと思っています。私が自分では当然のように思っている知識も、基本的には出典を探してお示しするようにしているのですが……

という書き出しにしたのは、今回のテーマである精神科と神経科の区別に関して、このような用語の分裂が生まれるにいたった歴史的展望を記した資料がないかと探していて、結局みつからなかったからです。
実は「精神科と神経科と神経内科と心療内科」の中では精神科と神経科の区別はいちばん簡単なところで、回答を先に述べてしまえば「区別は無い。精神科=神経科である」ということになります。

いろいろ調べてみたところでは例えば、厚生労働省のサイトの何階層目かに置いてある「日米の診療科別の医師数の比較(1)」という資料。
ここでは日本の精神科医数が15,460人、それに対応する米国のPsychiatry & Neurologyに従事する医師数が45,444人……と表記されていますが、この表の脚注によると「精神科は、神経科、神経内科を含む」とされています。
これをもって精神科=神経科の根拠としたいところですが、なぜか神経内科まで合算されているので使いづらい資料になっています。

脇道に逸れますが、日本病理学会・社会保険小委員会が厚労省のこの資料をもとに、人口補正を行った日米の診療科別医師数比を算出していて、それによると日本の人口比当たりの精神科医数はアメリカの0.86倍ということになるようです。
病床数の圧倒的な違いや、わが国の悪名高い「精神科特例」(←ご存知ですか?)といった要素を考えると、実質的な差はこの程度には留まらなくなるのでしょうが……

公資料以外のものを当たると様々な定義・主張が見られます。

池下やすらぎクリニックのサイトでは精神科と神経科の違いについて、
***************************************
「精神科」は躁うつ病、神経症(ノイローゼ)、精神分裂病などを代表とする病気について人間の心理面、精神面(思考、感情)、行動面での異常を人間関係や社会との関連から理解し、治療していこうとします。

「神経科」は精神科領域の病気を脳の構造の変化と心理的変化との密接な関係があることを念頭において理解し、神経系の活動と精神病との関係の観点から、さまざまな診断検査を通して、脳をより生理学的、化学的にみていこうとする傾向があります。
***************************************
と述べられています。
精神科では精神疾患を「心の病」として扱い、神経科では「脳の病気」として扱う、という定義のようですが、やや牽強付会かと思われます。


>>精神科と神経科と神経内科と心療内科 (6)
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2006年11月13日

「患者ハラスメント」?

当直の無聊を慰めるのにインターネットは最良のツールのひとつですが,この週末はばたばたしていて記事を書くためのまとまった時間がとれませんでした。
「精神科と神経科と……」の続きは週明けから再開しようと思います。


私がよく訪れるサイトで気になる記事をみつけたので,ここではその紹介と感想を。
医師や医療関係者限定のサイトというものがあって,私もいくつかに登録しています。
「日経メディカルオンライン」もそのようなサイトの1つです。
この記事(患者ハラスメントを8割弱の医師が経験)は医療関係者でなくともアクセスできるコンテンツだと思うのでご興味があればご覧になってみてください。


私は初めて聞いた用語なのですが,「患者ハラスメント」というのはどうやら「ドクター・ハラスメント」の反対語のようです。
つまり,患者という立場を利用した嫌がらせ,ということになるのでしょうか。「粗暴な行動を取ったり、要求内容が過大であるといった患者などからの悪質クレーム」と記事にはあります。


この記事は「日経メディカルオンライン」が医師を対象に行ったアンケートをもとに書き起こされたもので,実際の医師の回答がいくつか紹介されています。

◆「『覚せい剤中毒だとこの薬の効きが悪くなる』と当院の看護師が言ったとして、クレームをつけてきた。そんなことは言っていないと説明すると、興奮し院内で暴れた後、病院の雨どいに服をぶら下げ自殺を図った。かろうじて未遂に終わったが、後日本当に覚せい剤中毒であることが判明した」(40歳代、泌尿器科)
……これは嫌がらせの範囲を超えているような気がしますし,

◆「老人の施設への転院の時が問題になりやすいと思う。それは医療から福祉になるとお金が余計にかかるという構造的な問題だと思うので、そこから話をするようにしている」(30歳代、精神科)
……こちらの意見などは至極まっとうで,おそらく回答したこの医師自身,このことをハラスメントとは受け取っていないのではないかと思われます。


ただ、全科の医師を対象としたアンケートで「12.1%が身体的な暴力を経験」という結果には少し驚かされました。それも,

◆「待ち伏せなどストーカーまがいのことをされ、暴行を受けた。その後は毎日帰り道を変えるなどしている。警察への通報も考えたが、放火など一層エスカレートする可能性があるので通報せず様子を見ている。その後はおとなしくなっている」(30歳代、脳神経外科)

◆「急死した患者の家族から首に手をかけられたと聞いた」(50歳代、内科)

など,深刻なケースも少なくないようです。


精神科においては,患者さんの「粗暴な行動」や「過大な要求」は珍しいものではありません。

しかし精神科医の立場から言えば,たとえば幻覚や妄想,躁状態に左右されて患者さんが粗暴な言動をとったとしても,それを「ハラスメント」と捉えることは無いと思います(このような患者さんの暴力はやはり怖いし,困るし,病棟管理上の問題にはなりますが,それでもやはり症状の1つであって,患者ハラスメントと呼ぶべき類のものではないでしょう)。

うつ病や不安障害の患者さんで,本来の性格は穏やかな方であっても,病状が悪い時に精神的な余裕を失って言葉遣いが乱暴になる方もいますが,まっとうな精神科医や医療者ならばこれをハラスメントとは受け取ることはなさそうです。

問題は人格障害圏の患者さんで,粗暴な言動は彼ら・彼女らの病理の一部ですが,上記の,いわゆるDSM-IVにおけるⅠ軸診断が付く患者さんの場合ほど寛容には扱ってもらえないのではないかと思われます。
精神科ならばいざしらず,こういった患者さんが他の科を受診して粗暴な態度をとった場合は「患者ハラスメント」と評価される可能性は高いかもしれません。

ただ,扱う疾患の特性を差し引いても,精神科においてすら,医師-患者間のトラブルは増えてきている印象があります。


記事のアンケート結果からは,まず1つには,病院や医療者がこれまであまりにも善男善女でありすぎて,明らかに犯罪と思われるような行為に対しても無抵抗主義を貫いてきた側面が見て取れます。
そういった治療関係以前のトラブルについてはそもそもが司法の介入を仰ぐべきものなのだと思いますが,医療機関は患者さんを訴えるという行為にあまりに及び腰であったために,却って問題を大きくしてしまうケースが少なくないような気がします。


そうした極端な例を除いた純粋な「患者ハラスメント」については,「ドクター・ハラスメント」と同様に,現代の医療現場が抱える病理が表出した結果であるように思われます。
医療者側のコミュニケーション力の低下という要素はたしかにあるでしょうが,「コミュニケーションまでとっている時間がない」という医療者側の事情もたしかに存在するのです。


どの科においても,1人の患者さんの対応に十分な時間を割けるという話を聞きません。

患者数は増加の一途である一方で,医療者がこなさなければならない「雑用」(書類仕事などです)も増えることはあっても減ることは無さそうです。
医療水準が上がって医療行為に求められる結果も大きくなっているのに,医療者側は新しい知識や技術を学ぶ十分な時間が無いと感じています。
狭義の治療行為以外に割ける時間はなかなかひねり出せないというのが実情です。

患者さんの側からすれば,時に十分な説明を受けられず,釈然としない気持ちのまま渡された薬を飲んだり,食事制限をしたり,入院をしなければならなかったりすることが,不幸にして起こりうるわけです。
それでも病気が治ればまだ良いのでしょうが,納得できない結果に終わったり不幸な転帰をたどった場合,それが爆発するのは当然のことのように思われます。


医師-患者間のトラブルは――それを○○ハラスメントと呼ぶかどうかは別にして――往々にしてちょっとしたボタンの掛け違いから起こるものです。
アンケートに対して,

◆「敵意や反感をことさらあおらないよう、言動に注意する必要がある。常にこちらからあいさつする、正対して話す、特に初対面の患者には丁寧な言葉で話す、患者の不合理な訴えや心配事にも謙虚に耳を傾ける、共感を示す、分かりやすい説明を心がける、最後に『お大事に』と必ず付け加える、そうしたことに常に留意することが大事と思っている」(50歳代、小児科)

……という対応策を挙げている医師がいることからもわかるように(↑割と当たり前の対応ですよね),ちょっとした心がけで防ぐことができるトラブルは少なくないように思われます。


ただ残念ながら,その「ちょっとした」対応をとる時間的・心理的余裕をもてない医療現場が少なくないのも現実なのです。
接遇面での改善や,記事中で触れられている対策やマニュアルも必要ではあるのでしょうが,医療現場のマンパワーを増やすような施策を講じる方が根本的・本質的な解決方法であるはずなのですが……。


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2006年11月15日

精神科と神経科と神経内科と心療内科 (6)

「精神科」もしくは「神経科」という訳語の起源について記載したサイトや書物を探していたのですが、みつかりませんでした。
どちらも対応する英語は“Psychiatry”または“Neuropsychiatry”だと思うのですが。
日本の精神医学の成り立ちと発展を考えるとドイツ語から攻めてみるべきなのもしれませんが……

ともあれ、「神経科」という言葉の存在意義としては、@IT(アットマーク・アイティ)というサイトでカウンセラーの谷地森久美子先生が述べられているように「イメージ的に『精神科』よりも『神経科』の方が、“(病院に対する)偏見”や“抵抗”が少ないだろうという、利用者側に立った病院の配慮の1つ」というのが正しいところだろうと思います。

こうした「配慮」は「精神科」と「神経科」のあらゆる順列組み合わせをも生むこととなりました。同じく“psychiatry”を意味し、同じ病気を対象としているであろうと考えられる科が、病院ごとに、実に紛らわしい標榜の仕方をしています。

大学病院についてざっと検索してみた限りでも――
精神科:浜松医科大学、昭和大学病院など
神経科:岐阜大学、東京医科大学病院など
精神神経科:福岡大学、神戸大学、獨協医科大学など
精神科神経科:山口大学、九州大学病院など
神経精神科:聖マリアンナ医科大学、埼玉医科大学、東北大学病院など
神経科精神科:金沢医科大学、鹿児島大学病院など

全部まとめて「精神科」でもいいように思われるのですが、「配慮」はしつつ、自科のアイデンティティを保とうと苦心惨憺した結果がこのような小手先のバリエーションなのでしょう。
むしろ患者さんたちに混乱をもたらしているようにも思えるのですが、患者さんの中にも確かに、「自分は精神科ではなく神経科の患者である」ことに拘られる方もおられるので、「精神科」だけを標榜科名にしてしまうとそれはそれで不都合が生じるのかもしれません。患者さんが受診するための心理的ハードルが高くなってしまい、受診すべき方が受診しなくなってしまったり、受診が遅れて、結果的に予後が不良になってしまうかもしれないからです。

また、医療機関側にとっては、患者さんの予後を考慮するとともに、経営面からも患者さんに受診してもらいやすい科名を標榜することが必要な側面もあります。
それほど営利追求型ではないはずの大学病院でも上記のような有様なので、私立病院やクリニックともなれば看板に何と書くかは色々な意味で重要です(私もこのブログに名前を付けるにあたって熟慮を重ねた結果、「精神科.net」ではなく「メンタルクリニック.net」にしました(笑))。
その帰結として、きわめて多様な「精神科」の異名や別名や通り名が街に溢れることとなりました。

本来は全く異なる科であるはずの「心療内科」が、そうした「精神科」という名詞の代替物の1つとして使われ始めたところに、現在の混乱の根の1つがあるように思えます。

次回からはついに本丸の「心療内科」について、です。

>>>精神科と神経科と神経内科と心療内科 (7)
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2006年11月21日

精神科と神経科と神経内科と心療内科 (7)

さて、心療内科についてです。
この「精神科と神経科と神経内科と心療内科」と題した一連の記事は,実は精神科と心療内科の違いを理解していただくことをそもそもの目的としています。

実は,精神科と心療内科の区別はきわめて明白で,本来は混乱が起きるはずなど無いほどです。

心療内科は1963年に日本で生まれた診療科です。
発祥は九州大学。本家本元であるその九州大学病院心療内科のサイトには,心療内科の歴史や定義が明記されています。
肝と思われる部分を引用してみましょう。


心療内科では,「心身症」という病態(病状)を示す患者さんに対して,心身医学的なアプローチ〈心身医学療法〉を行っています.

心身症がどういう病気かは,“心身医学の新しい診療指針”(日本心身医学会教育研修委員会編,1991年)において決められています.それをわかりやすく言い換えると,「身体の病気の中で,発症やその後の経過に心理社会的な要因が密接に関係しているものを心身症といいます.ただし,神経症やうつ病などの病気は心身症とは呼びません」,となります.


すなわち,そもそもの定義からして,神経症(≒現在で言うところの不安障害)やうつ病の患者さんが心療内科で治療を受けるのは間違いであるということになります。


>>>精神科と神経科と神経内科と心療内科 (8)
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2006年11月23日

精神科と神経科と神経内科と心療内科 (8)

しかしながら現状、心療内科でうつ病や不安障害(パニック障害、強迫性障害、社会不安障害などが含まれます)と診断され、通院・入院されている患者さんは少なくないのではないでしょうか。
これは本来的には非常に危険なことです。

前回の記事で述べたように、うつ病や不安障害は本来は心療内科の対象疾患ではありません。
心療内科はあくまで内科の一種です。心身相関という視点を取り入れることで、診断や治療においてより多角的なアプローチを可能としていますが、その対象となるのはあくまで身体疾患なのです。

まっとうな心療内科医ならば――まっとうであればあるほど――受けてきた研修はこうした疾患の治療に関するものであって、精神医学の系統的なトレーニングを受けてはいません(逆に精神科医は心身症の診断や治療に関しては十分な知識や技能がありません)。

精神科で扱う薬剤を適正使用するためには、専門的な勉強が不可欠です。
精神疾患の治療に必要な精神療法的な知識や技術に関しても、単に「心の問題に興味がある、理解したい」という個人的なモチベーションだけで習得できるものではありません(専門的な研修を受けていないにも関わらず心療内科を標榜する一般科出身のドクターに、我流の精神療法を駆使するタイプの方が多いように感じられます)

したがって、精神疾患を患われている患者さんが心療内科を受診しても適切な診断や治療を受けられない……はずなのですが、実際には必ずしもそうはなっていません。
心療内科を標榜する医療機関において、適切な診断や治療を受けられていない患者さんは少なからずおられるのですが、多くの場合それは心療内科を受診したために生じる事態ではないことがほとんどです。

このあたりは、いくぶん込み入ったお話になってきます。


>>>精神科と神経科と神経内科と心療内科 (9)
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2006年11月24日

精神科と神経科と神経内科と心療内科 (9)

事程左様に、心療内科と精神科は、形成外科と整形外科以上に異なるはずの科です(却ってわかりづらい喩えだったでしょうか)。
にもかかわらず、精神科にかかるべき患者さんが心療内科を標榜する医療機関を受診したとしても、「間違ったドアをノックした」ことによる不利益を被る可能性はほぼ0です。

なぜでしょう?
答は簡単で、心療内科を標榜している医師の9割が精神科医だからです。

心療内科を講座としてもっている医学部や医大は日本で5つしかありません。
講座があるということは、教授がいて、助教授がいて……という確立した医局組織があり、医学生が心療内科の講義を受け、実習を行い、研修医が訓練を受ける体制が整っていることを意味します。

心療内科が標榜名として認められたのはほんの10年前のことですが、現在では心療内科を標榜する医療機関の数は3000近くにも上ります。
それに見合うだけの心療内科医を、5つの大学医学部・医大だけで養成することができるはずもありません。

標榜科とは「病院や診療所が外部に広告できる診療科名のこと」で、医師でありさえすれば、医療法第70条で定められた34の診療科名から自由に選んで標榜することができます(麻酔科のみ例外があったような覚えがあります)。
つまり、心療内科を標榜するのに、心療内科医としての研修や認定を受けている必要はありません。

この結果、1996年以降、多くの精神科医や精神科医療機関が「心療内科」を標榜するようになったのです。

※本記事執筆に当たっては、関西医科大学 心療内科学講座のサイトを一部参考にさせていただきました。


>>>精神科と神経科と神経内科と心療内科 (10)
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2006年11月27日

精神科の薬はクセになるか?

答は、ほとんどの場合でイエスです。

精神科の薬といっても色々ありますが、かなり多くの薬がクセになる≒依存性を有しています。

なぜこんな話題を持ち出したかというと、今日ひさしぶりにこの質問を受けたからです。
仕事ではなく、知人からの私的な相談で、身内の方がどうやらうつ病だと思われるのだがどうしたらよいか、との電話をもらいました。
この手の相談は精神科医をやっているとしばしば受けます。

色々と尋ねてみると、たしかにその知人の身内の方は、うつ病として矛盾はない状態を呈しているようでした。お仕事にも行けなくなっているとのことなので、一定以上重症のようでもあります。
診察したわけではないのでうつ病だとは断言できないが――という枕詞をつけて、精神科受診を勧めました。

知人はまず、精神科に行くとどのような治療が受けられるのか、と訊いてきました。
私は、とりあえずは薬物療法であろう、と答えました。

知人は、合点がいかない様子で、そもそもうつ病が薬で治るのか、といった内容の質問を重ねてきました。
私は、薬だけで治るものでもないが、薬無しで治療を行うことはほとんどの場合で得策ではない、と答えました。

それに対して知人が、精神科の薬はクセになるのではないか、と懸念を示したのです。



>>>精神科の薬はクセになるか? (2)へ

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2006年11月29日

精神科の薬はクセになるか? (2)

患者さんを診察して、うつ病の診断が付いた場合、今ならば多くの精神科医がSSRI(選択的セロトニン再取込阻害薬)かSNRI(選択的セロトニン・ノルアドレナリン再取込阻害薬)を第一選択治療薬として用いるでしょう。

具体的な薬剤名としては、ルボックス(=デプロメール)かパキシル、ジェイゾロフト、トレドミンといった抗うつ薬です。

うつ病の治療に抗うつ薬を用いるのはよいとして、処方箋に抗うつ薬の名前だけが記載されることは稀です。

どうやら精神科医に限らず、日本の医者は欧米に比べて同じ疾患に対する処方薬剤の数が多いようです。

これは、例えば、感冒(いわゆる風邪)の患者さんの薬物療法を組み立てるに当たって、熱発に対して解熱剤、咳嗽に対して咳止め、鼻汁に対して抗ヒスタミン薬……といったように、病気全体ではなく、個々の症状を各個撃破するかのような思想で薬を処方するからだと言われています(ちなみに欧米ではそもそもただの風邪ならば薬物が投与されないこともあるそうです)。

うつ病の場合も、不眠に対して睡眠薬、不安感に対して抗不安薬、といった、対症療法的な処方が加えられるのが一般的なのではないかと思われます。

今日もっとも一般的に用いられている睡眠薬や抗不安薬(精神安定剤)のほとんどは、化学的にはベンゾジアゼピン系という同じクラスに属していて、薬理学的な性質や、脳内での作用箇所も似通っています。

抗うつ薬も急な服薬中断で離脱症状が生じますから広い意味で依存性があるといえますが、臨床的により高頻度に問題になるのはやはりベンゾジアゼピン系薬物の依存です。

ところが意外にも、睡眠薬や抗不安薬の依存性は、患者さんのみならず、処方をする側の医師にも正しくは理解されていないことが多いのが現状です。


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