当直の無聊を慰めるのにインターネットは最良のツールのひとつですが,この週末はばたばたしていて記事を書くためのまとまった時間がとれませんでした。
「精神科と神経科と……」の続きは週明けから再開しようと思います。
私がよく訪れるサイトで気になる記事をみつけたので,ここではその紹介と感想を。
医師や医療関係者限定のサイトというものがあって,私もいくつかに登録しています。
「日経メディカルオンライン」もそのようなサイトの1つです。
この記事(「患者ハラスメントを8割弱の医師が経験」)は医療関係者でなくともアクセスできるコンテンツだと思うのでご興味があればご覧になってみてください。
私は初めて聞いた用語なのですが,「患者ハラスメント」というのはどうやら「ドクター・ハラスメント」の反対語のようです。
つまり,患者という立場を利用した嫌がらせ,ということになるのでしょうか。「粗暴な行動を取ったり、要求内容が過大であるといった患者などからの悪質クレーム」と記事にはあります。
この記事は「日経メディカルオンライン」が医師を対象に行ったアンケートをもとに書き起こされたもので,実際の医師の回答がいくつか紹介されています。
◆「『覚せい剤中毒だとこの薬の効きが悪くなる』と当院の看護師が言ったとして、クレームをつけてきた。そんなことは言っていないと説明すると、興奮し院内で暴れた後、病院の雨どいに服をぶら下げ自殺を図った。かろうじて未遂に終わったが、後日本当に覚せい剤中毒であることが判明した」(40歳代、泌尿器科)
……これは嫌がらせの範囲を超えているような気がしますし,
◆「老人の施設への転院の時が問題になりやすいと思う。それは医療から福祉になるとお金が余計にかかるという構造的な問題だと思うので、そこから話をするようにしている」(30歳代、精神科)
……こちらの意見などは至極まっとうで,おそらく回答したこの医師自身,このことをハラスメントとは受け取っていないのではないかと思われます。
ただ、全科の医師を対象としたアンケートで「12.1%が身体的な暴力を経験」という結果には少し驚かされました。それも,
◆「待ち伏せなどストーカーまがいのことをされ、暴行を受けた。その後は毎日帰り道を変えるなどしている。警察への通報も考えたが、放火など一層エスカレートする可能性があるので通報せず様子を見ている。その後はおとなしくなっている」(30歳代、脳神経外科)
◆「急死した患者の家族から首に手をかけられたと聞いた」(50歳代、内科)
など,深刻なケースも少なくないようです。
精神科においては,患者さんの「粗暴な行動」や「過大な要求」は珍しいものではありません。
しかし精神科医の立場から言えば,たとえば幻覚や妄想,躁状態に左右されて患者さんが粗暴な言動をとったとしても,それを「ハラスメント」と捉えることは無いと思います(このような患者さんの暴力はやはり怖いし,困るし,病棟管理上の問題にはなりますが,それでもやはり症状の1つであって,患者ハラスメントと呼ぶべき類のものではないでしょう)。
うつ病や不安障害の患者さんで,本来の性格は穏やかな方であっても,病状が悪い時に精神的な余裕を失って言葉遣いが乱暴になる方もいますが,まっとうな精神科医や医療者ならばこれをハラスメントとは受け取ることはなさそうです。
問題は人格障害圏の患者さんで,粗暴な言動は彼ら・彼女らの病理の一部ですが,上記の,いわゆるDSM-IVにおけるⅠ軸診断が付く患者さんの場合ほど寛容には扱ってもらえないのではないかと思われます。
精神科ならばいざしらず,こういった患者さんが他の科を受診して粗暴な態度をとった場合は「患者ハラスメント」と評価される可能性は高いかもしれません。
ただ,扱う疾患の特性を差し引いても,精神科においてすら,医師-患者間のトラブルは増えてきている印象があります。
記事のアンケート結果からは,まず1つには,病院や医療者がこれまであまりにも善男善女でありすぎて,明らかに犯罪と思われるような行為に対しても無抵抗主義を貫いてきた側面が見て取れます。
そういった治療関係以前のトラブルについてはそもそもが司法の介入を仰ぐべきものなのだと思いますが,医療機関は患者さんを訴えるという行為にあまりに及び腰であったために,却って問題を大きくしてしまうケースが少なくないような気がします。
そうした極端な例を除いた純粋な「患者ハラスメント」については,「ドクター・ハラスメント」と同様に,現代の医療現場が抱える病理が表出した結果であるように思われます。
医療者側のコミュニケーション力の低下という要素はたしかにあるでしょうが,「コミュニケーションまでとっている時間がない」という医療者側の事情もたしかに存在するのです。
どの科においても,1人の患者さんの対応に十分な時間を割けるという話を聞きません。
患者数は増加の一途である一方で,医療者がこなさなければならない「雑用」(書類仕事などです)も増えることはあっても減ることは無さそうです。
医療水準が上がって医療行為に求められる結果も大きくなっているのに,医療者側は新しい知識や技術を学ぶ十分な時間が無いと感じています。
狭義の治療行為以外に割ける時間はなかなかひねり出せないというのが実情です。
患者さんの側からすれば,時に十分な説明を受けられず,釈然としない気持ちのまま渡された薬を飲んだり,食事制限をしたり,入院をしなければならなかったりすることが,不幸にして起こりうるわけです。
それでも病気が治ればまだ良いのでしょうが,納得できない結果に終わったり不幸な転帰をたどった場合,それが爆発するのは当然のことのように思われます。
医師-患者間のトラブルは――それを○○ハラスメントと呼ぶかどうかは別にして――往々にしてちょっとしたボタンの掛け違いから起こるものです。
アンケートに対して,
◆「敵意や反感をことさらあおらないよう、言動に注意する必要がある。常にこちらからあいさつする、正対して話す、特に初対面の患者には丁寧な言葉で話す、患者の不合理な訴えや心配事にも謙虚に耳を傾ける、共感を示す、分かりやすい説明を心がける、最後に『お大事に』と必ず付け加える、そうしたことに常に留意することが大事と思っている」(50歳代、小児科)
……という対応策を挙げている医師がいることからもわかるように(↑割と当たり前の対応ですよね),ちょっとした心がけで防ぐことができるトラブルは少なくないように思われます。
ただ残念ながら,その「ちょっとした」対応をとる時間的・心理的余裕をもてない医療現場が少なくないのも現実なのです。
接遇面での改善や,記事中で触れられている対策やマニュアルも必要ではあるのでしょうが,医療現場のマンパワーを増やすような施策を講じる方が根本的・本質的な解決方法であるはずなのですが……。