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2006年12月 アーカイブ

2006年12月05日

精神科の薬はクセになるか? (3)

実際、日本におけるベンゾジアゼピン(系薬物)の処方件数や用量、いちど処方されたベンゾジアゼピンの継続期間は、欧米に比べるときわめて多く、高く、長いことが知られています。

ベンゾジアゼピンは、1950年代に登場した当初は、それ以前の同効薬とは異なり、安全係数が高く(≒大量服薬をしても死亡の危険が低い)、依存性が無い、夢の薬のようにみなされていました。

精神疾患の治療のためのみならず、健常な人々でさえも「生活の質を改善するために」――あたかも現代におけるSSRIのような用いられ方ですが――ベンゾジアゼピンを服用するようになり、ベンゾジアゼピンは一時代を築きます。

ベンゾジアゼピン黄金時代はしかし、米国においては1970年代に終焉を迎えました。
この系統の薬物が有する依存性が明らかになり、社会的なバッシングが起きたからです。

こうした経験があるため、欧米の医師たちはベンゾジアゼピンの投与にはかなり保守的なようです。

日本では恐らくベンゾジアゼピンは使われ過ぎなのですが、では、実際にはベンゾジアゼピンをどの程度の量と期間服用すれば依存が生じ、依存が成立するとどのような問題が起こるのでしょうか。


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2006年12月07日

精神科の薬はクセになるか? (4)

一定期間、一定量服用していたベンゾジアゼピン(睡眠薬や抗不安薬)を急激に中断することでまず生じる不都合は「反跳現象」です。

横文字で「リバウンド」と言ってしまった方がイメージが掴みやすいかもしれません。

ベンゾジアゼピンは多くの場合、不眠や不安を標的症状として処方されます。
精神科臨床で問題となる不眠や不安は、精神疾患の部分症状――風邪における咳や鼻水のようなものであって、決して中核的な症状ではありません。

風邪そのものが治ってしまえば咳止めや抗ヒスタミン薬が必要無くなるように、精神科の疾患をお持ちの患者さんでも、そもそもの病気が良くなればベンゾジアゼピンを飲む必要は無くなるはずです。

ところが、少なからぬ患者さんでこのベンゾジアゼピンからの「離脱」がうまくいきません。
リバウンドのためです。

最近そういう名前のチョコレートが市販されていますが、ベンゾジアゼピンが脳内で作用する対象は、GABA(ギャバ、ガバなどと発音されます)という神経伝達物質の受容体です。

かなり大雑把に言ってしまえば、脳の中でGABAがたくさん分泌されると、人間はリラックスしたり眠くなったりします。

ベンゾジアゼピンはこのGABAの働きを強める性質があり、ベンゾジアゼピンを服用していると、わずかな量のGABAしか分泌されていなくてもその作用が増強され、不眠や不安が抑えられます。

GABAの効率が良くなるわけですが、ベンゾジアゼピンが慢性的に摂取され、脳がその状態に慣れてしまうと、GABAを分泌する脳の機能が衰えてしまうことが知られています。

これがベンゾジアゼピンの耐性や依存性の基盤となります。

慢性的にベンゾジアゼピンが投与されることに脳が慣れてしまったところで急にベンゾジアゼピンを中止すると、脳としては二階に上がったところで梯子を外されたような案配になってしまうわけです。


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2006年12月12日

精神科の薬はクセになるか? (5)

ベンゾジアゼピン(精神安定剤、睡眠薬)の身体的な依存は、ベンソジアゼピンが添付文書に定められた適正使用量の範囲内で用いられた場合でも生じます(これを常用量依存とか、臨床用量依存と呼びます)。

依存が生じるまでの期間は3~8ヶ月とされています。

眠剤もしくは安定剤を、承認用量内で3ヶ月間の服用することは、少なくとも日本の精神科臨床においては珍しいことではありません。

むしろうつ病の治療ともなると、眠剤や安定剤が2種類以上組み合わせて処方されることもしばしばです。

以前に述べたように、ベンゾジアゼピンは、眠剤であろうと安定剤であろうと脳内のほぼ同じ部位に作用するので、2種類以上のベンゾジアゼピンが併用された場合、個々の薬の用量が適正範囲に収まっていたとしても、ベンゾジアゼピン全体ではかなりの高用量を服用している、ということがしばしばです。

明確なエビデンス(証拠、根拠)は示されていませんが、ベンゾジアゼピンの依存は用いられているベンゾジアゼピンの用量が高いほど形成されやすいと言われており、わが国では一般的な多剤併用・慢性(漫然)投与の慣習は依存症の温床であると言えるでしょう。

こうした事実がありながら、ベンゾジアゼピンの依存リスクについては、わが国では過小評価されている現実があるように思われます。


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精神科の薬はクセになるか? (6)

精神科医や心療内科医でも、ベンゾジアゼピン(精神安定剤、睡眠薬)の常用量依存(臨床用量依存)という概念をご存知でない方がいますが、他科の医師たちによるベンゾジアゼピンの処方もしばしば問題となります。

内科でも外科でも耳鼻科で眼科といった、精神科でない科の医師から眠剤を処方されている方は意外に多いのではないでしょうか。

その科にかかっている病気とは関係なく、不眠に対して眠剤を処方してもらっている場合もあるでしょうし、身体疾患の治療薬として、それとは知らずに安定剤を処方されている場合もあります(たとえばエチゾラム=デパスなどは筋弛緩作用が強いため腰痛症や筋収縮性頭痛に保険適応が認められているので、整形外科や脳外科、神経内科などでしばしば処方されます)。

いずれの場合も、ベンゾジアゼピン依存が成立するに十分な期間、連続投与されていることが少なくありません。

医学部や医大の授業でベンゾジアゼピンの依存性に言及されることは少なく、むしろ安全域の広さ(過量服用しても致死性が低い)が強調される傾向があるため、精神科以外の診療科に進んだ医師には、常用量依存という概念に触れる機会自体がありません。

結果、一般科の医師は、そもそも依存が生じていることにすら気づかないか、気づいたとしても対処の方法を知らない場合がほとんどです。

もっとも、ベンゾジアゼピンに関してある程度の知識や技術を持っている精神科医であっても、事情は大きくは変わりません。

むしろベンゾジアゼピンの使用量や使用頻度が高い分だけ、問題は広く深いと言えるかもしれません。


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2006年12月15日

精神科の薬はクセになるか? (7)

ベンゾジゼピン(眠剤、精神安定剤)を急に中断したり減量したりした場合、一般的にいちばんよく見られる離脱症状(禁断症状)はリバウンド――反跳性の不眠や不安です。

精神科の薬はクセになるか? (4)でも述べたように、ベンゾジアゼピンは鎮静を司るGABAという脳内神経伝達物質の働きを増強することで睡眠作用や抗不安作用を発揮しますが、ベンゾジアゼピンが慢性的に投与されていると脳本来のGABA神経系の働きが衰えてしまいます。

その状態でベンゾジアゼピンが急に無くなれば、GABAの働きが十分ではなくなっている脳は過覚醒状態となり、臨床的には不眠や不安を呈するわけです。

前回述べたような他科の疾患(腰痛や頭痛)に対してベンゾジアゼピンが用いられていた場合、断薬に伴って不眠や不安が現れれば、それが離脱症状であろうという見当はすぐにつきます。
腰痛や頭痛で身体科を受診した患者さんは、通常は服薬開始前に不眠や不安症状は呈していないからです。

ではベンゾジアゼピンのホームグラウンドともいえる精神科領域ではどうでしょうか。

精神疾患の多くは不眠や不安を症状として随伴し、精神科医はそれをコントロールする目的で対症的にベンゾジアゼピンを処方します。

3ヶ月間の投薬の後、すべての症状が寛解したと判断し、薬を減量・中止したら、患者さんが再び不眠と不安を訴えるようになった――。

この場合、処方医はどのように判断し、対処すべきでしょうか?



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2006年12月18日

精神科の薬はクセになるか? (8)

うつ病の患者さんの症状が全般的に改善してきた時点でベンゾジアゼピン(睡眠薬、安定剤)を減量したところ、不眠や不安がぶり返した――この場合、「減薬が早すぎた」という判断が下されることが多いように思われます。

たしかにそれはありうることです。
うつ病が根治していれば症候の一部である不眠や不安も消褪します。
しかしうつ病自体はまだ十分には良くなっていないにも関わらず、対症療法であるベンゾジアゼピンによって一部の症状がマスクされていただけであった場合、薬を減らしたり止めたりすれば不眠や不安が再び顕在化するでしょう。

ただ、抑うつ気分や意欲減退、興味・関心の低下といったうつ病の中核症状は改善しているにも関わらず、ベンゾジアゼピンの減量によって不眠や不安だけが消長を繰り返す場合は、ベンゾジアゼピンの常用量依存(臨床容量依存)の可能性が考慮されるべきです。

そしてひとたび常用量依存との診断が付いたならば、うつ病の治療からベンゾジアゼピン依存症の治療へと軸足を移す必要があります。

治療よりも予防のほうが容易なので、本来は依存が起こりにくいベンゾジアゼピンの使用法が考慮されるべきですし、依存が起きても早期に介入すれば解決が可能な場合が多いので、早期発見・早期治療が重要であることは言うまでもありません。

しかし残念ながら、そのどちらにもあまり注意が払われていないのがわが国の精神科薬物療法の実情です。


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2006年12月26日

精神科の薬はクセになるか? (9)

ベンゾジアゼピン(抗不安薬、眠剤)の好適応であるといえるうつ病や不安障害において、もっとも良く見られる処方は定時処方+頓服であるように思われます。

比較的高力価で作用時間が短いデパス(エチゾラム)、ワイパックス(ロラゼパム)、ソラナックス(アルプラゾラム)といった安定剤を1日3回食後に、睡眠薬を眠前に服用させた上で、不安時や不眠時に追加服用できる眠剤や安定剤を別に処方しておくというやり方です。

うつ病で不眠や不安が強かったり、パニック障害でパニック発作が頻発する治療初期においてはこうした処方によって患者さんが享受する利得は損失を上回るのでしょうし、私もこの時期の患者さんに対しては上述のような治療を行うことはあります。

しかしベンゾジアゼピンがいずれの病気においても対症療法薬でしかなく、かつ依存性がある薬物であることを考慮するならば、安定剤や眠剤の慢性投与が行われる期間は厳密にコントロールされるべきです。

例えばうつ病においては、根治療法により近い薬物療法は、言うまでも無く抗うつ薬による治療です。
抗うつ薬が効果を発現するまでには、十分量が投与されてから4~6週間を要します。つまりこの間はベンゾジアゼピンによる対症治療が必要となります。

一方で、前述したように、ベンゾジアゼピンは規定用量内で用いられていた場合でも、最短3ヶ月で依存が成立してしまいます。

これらを考え合わせると、治療当初1ヶ月間はベンゾジアゼピンによって不眠や不安を積極的に取り除き、抗うつ薬の効果が現れ始める1ヵ月後から、ベンゾジアゼピンの依存が生じる恐れのある3ヵ月後にかけて眠剤や安定剤の減量や変更を行えば、依存のリスクを最低限に抑えて、治療効果を最大化できることになります。



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2006年12月27日

精神科の薬はクセになるか? (10)

また、半減期(≒作用時間)が短いベンゾジアゼピン(睡眠薬、精神安定剤)ほど依存を生じさせやすいことが知られているため、治療初期から、定時処方の安定剤は長時間作用型の薬物を用いることが依存の成立を防ぐ上で有効な手段であると考えられています。

やや話が逸れますが、なぜか日本では短時間・中時間作用型のベンゾジアゼピンが好まれる傾向があります。

長時間作用型のベンゾジアゼピンの「はっきりとした効果を自覚しにくいが、気がついてみると不安の閾値が上がっている」という効き方よりも、「飲んで間もなく不安がすっと和らいでいく」という効き方のほうが薬効を実感できるという患者さんの声をよく聞きます。

そういった患者さんの嗜好と精神科医の常用量依存への認識の甘さが相俟ってか、わが国の精神科臨床におけるベンゾジアゼピンの使用は、欧米の基準で言えば「乱用」といってよい用量・投与期間に及ぶことが少なくありません。

依存の防止や改善を意図してベンゾジアゼピンの選択や早期からの減量が行われることはむしろ稀であり、多くの場合は本来の病気(うつ病や不安障害)が寛解した後もベンゾジアゼピンの離脱ができずに漫然と通院・服薬が継続されます。

薬を減らしたり止めたりしようとする努力が行われた場合でも、ベンゾジアゼピンの離脱法に関する知識がないために短時間作用型のベンゾジアゼピンを急に中止して反跳性不眠・不安(リバウンド)を生じさせ、常用量依存に関する知識がないためにそれを「原疾患の再発」と診断してさらに高用量のベンゾジアゼピンを投与するケースが、残念ながら珍しくない……というか、日常的に見受けられます。

精神科やそこで用いられる薬物に対する偏見や先入観のために患者さんの側が怠薬したり治療を自己中断してしまうことが臨床の場では少なくありませんが、それを糾すに足る力量が精神科医の側にあるのかと問われれば、自信を持ってイエスと答えることはできません。

精神医学の普及と向上のために、まずは医師の側が、かなり基本的なところから底上げを図らなければならないというのが、わが国の現状であるように思われます。

(この項終わり)

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2006年12月28日

精神科と神経科と神経内科と心療内科 (10)

前回は、実は心療内科を標榜している医師の9割が精神科医であることを述べました。

それ故、精神疾患をわずらっている患者さんが心療内科を受診しても、「門外漢」である心療内科医による診察を受ける可能性は10%程度に過ぎず、ちゃんとした心療内科医ならばその患者さんが自分の守備範囲外であると判明した時点で精神科を紹介するでしょうから、最終的にはどう転んでも患者さんは精神科医による治療を施される理屈になります。

しかしながら、最終的には受診科が最適化されると仮定した場合でも、心療内科標榜医の9割が精神科医であるという事態は、

①精神疾患をわずらう患者さんが本当の心療内科医を受診してしまう。
②心身症をわずらう患者さんが心療内科のトレーニングを積んでいない自称心療内科医(実際には精神科医)を受診してしまう。

といった問題を引き起こしうるわけです。

①の場合も②の場合も理想的には各々適切な科を紹介されるわけですが、患者さんは本来は不必要な初診料と文書作成料(紹介状の作成料)の支払いという経済的不利益を蒙りますし、病気による心身の不調を抱えたままいくつもの医療機関を行き来しなければならないのはかなりの負担でもあります。

こうしたことが自明であるにも関わらず、何故、広義の詐称とも言い得る標榜の意図的錯誤がまかり通っているのでしょうか?


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