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副作用 アーカイブ

2007年03月25日

精神科の患者さんの車の運転 ⑨

製薬会社の側の事情に関する私見を述べる前に,ここで私自身が臨床の場において,患者さんの車の運転にどのように対処しているかを説明しておくことにします。

ひと言でいえば,患者さんやそのご家族と「確信犯的な共犯関係」を結ぶというのが私のやり方です。
一定の責任を伴う黙認といったところでしょうか。

疾患にもよりますが,急性期の患者さんはやはり車の運転を行うリスクがあまりに大きいと思われるのでこの場合は絶対に運転は許可しません(そもそも急性期の患者さんの診察で運転に話題が及ぶことじたい稀ですが)。

運転の問題がもっとも悩ましく感じられるのは,いわゆる完全寛解か,それに近いくらいに回復して,元の職場や学校に戻ることができそうな患者さんにおいてです。
統合失調症の場合は発症のピークが十代の後半から二十代の前半ですから,今のご時世,発症時既に運転免許を持っていたり,回復後に免許取得を希望される場合が少なくありません。
うつ病や躁うつ病の患者さんだと,私の経験では統合失調症の患者さんより年長であることが多く,やはり少なからぬ方々が運転免許を持っています。

こうした患者さんが車の運転を希望された場合,私は――というより,知るかぎりほとんどの臨床医が表現の違いこそあれ似たような説明をしているのではないかと思うのですが――,①回復には薬が一定の役割を果たしたと思われる,②状態を維持するためには今後も長期にわたって服薬継続が必要である,③厚生労働省と製薬会社によれば,これらの薬を服用している患者さんには車の運転を控えてもらわなければならない,④しかし私の見解では,運転することのマイナスよりもプラスの方が大きいと思われる,⑤他人に迷惑が及ぶようなことがあっては困るが,安全をこころがけて車の運転をするのであれば,それを禁じようとは思わない,という趣旨の説明の仕方をします。
ただし,どんな患者さんにも同じことを言うわけではなく,比較的低用量の薬物で症状がコントロールできた患者さんが対象となります。
SSRI単剤で寛解したうつ病患者さんや,エビリファイと少量の眠剤で治療可能な統合失調症患者さんの運転を禁じる科学的根拠は実際のところかなり希薄なのではないでしょうか。


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2007年03月29日

精神科の患者さんの車の運転 ⑩

しかしながら,新薬を販売する製薬会社は,耳にたこができるくらい副作用の少なさを強調しておきながら,患者さんが車の運転をできるようになる,とは絶対に言いません。
言わないだけならまだ良いのですが,非定型抗精神病薬の添付文書にもSSRIの添付文書にも,千年一日のごとく「眠気,注意力・集中力・反射運動能力等の低下が起こることがあるので,本剤投与中の患者には自動車の運転など危険を伴う機械の操作に従事させないよう注意すること」と謳い続けています(※確認してみたところ,SSRIのうちパキシルの添付文書では運転に関して少し弱めの表現が用いられていました。デプロメールのインタビューフォームでは旧来どおりの表現でした)。

非定型抗精神病薬は定型抗精神病薬よりも,SSRIは三環系抗うつ薬よりも,はるかに副作用が少ない(特に認知機能に及ぼす悪影響が小さい)ことを,プロモーションとしては強調しておきながら,法的な責任を伴う手続きレベルでは保守的な姿勢をとり続けるのはダブル・スタンダードのように思われます。

「運転には影響が及ばない」ことを謳うためには恐らく治験でそれを証明しなければならないのですが,単純に考えてもこれは非常にコストがかかりそうです。
製薬会社は費用対効果の観点からこれを回避し,故に厚生労働省は保守的な注意喚起を要求し,最終的な責任は臨床医と患者さんに委ねられる――タミフルと異常行動の問題で認められた構図は,実はどの薬剤のどの副作用でも認められうるものです。


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2007年04月04日

精神科の患者さんの車の運転 ⑪

精神科の場合,患者さんの病気の症状を良くするためには(患者さんのためには,といった大それた表現はしません)薬を使いつつ適切なタイミングで社会参加を促していかなければならない場面が少なからずあります。

そうした局面において症状改善というリターンを得ようとするのであれば,リスクをとって添付文書の注意を無視せざるをえないこともあります。

問題なのはやはり現場の医者と患者さんが責任を被らなければならない制度と,自分たちがとっているリスクがどれだけのものなのか(向精神薬を服用することがどの程度運転に悪影響を及ぼすのか)が示されていないことでしょう。

かつて精神疾患の既往が自動車の運転の絶対的欠格事項から相対的欠格事項に格下げになった背景には,やはり精神疾患と交通事故の因果関係を証明する科学的なデータが無かったことと,患者さんたちの社会参加の機会を奪うべきではないという考えとがありました。

欧米に遅れをとってはいるものの新薬が治療の中心を占めるようになりつつある昨今,薬物療法と自動車の運転との関係についても改めて考察がなされるべきでしょう。

(この項終わり)


追補:このような判例を見るに,規定量の向精神薬を服用して車を運転することで法的責任を問われることはないのかもしれません。行政よりも司法のほうが法律を柔軟に解釈してくれるのでしょうか。


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2007年07月16日

ベンゾジアゼピンの隆盛と没落 (2)

歴史の表舞台にベンゾジアゼピンが登場したのは1960年代前半のことでした。
スイスのロシュ社(例のタミフルを製造していた会社でもあります)がクロロジアゼポキシド(リブリウム)とジアゼパム(ヴァリウム)を相次いで上市し,商業的な成功を収めたのです。

ちなみにこの2つの物質を発見したのはポーランド系ユダヤ人であるレオ・スターンバック。彼の研究は,ロシュ社が世界的な製薬企業に躍進することに大きく貢献しました。

ロシュ社のプロモーションもあって,リブリウムとヴァリウムは,まず身体疾患をもつ患者の「心因」に対して処方されました。
たとえば胃潰瘍,たとえば高血圧,たとえば喘息,頭痛。
たしかにこれらの疾患は多要因性であり,症状の発現や変動に心因が少なからず関係します。
しかしもちろん根治治療からはほど遠い薬物療法ですが,医師たちは本来の治療薬に加えてヴァリウムを広く処方する用になりました。

そしてさらに,医師たちは処方対象を健康な人々にも拡大していったのです。

[参考資料]
「抗うつ薬の功罪―SSRI論争と訴訟」,デイヴィッド ヒーリー,みすず書房 (2005/08)
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』:レオ・スターンバック

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2007年08月15日

精神科の薬と緑内障 (1)

緑内障は40歳以上の方の17人に1人が罹患しているという決して稀ではない疾患であり,失明の原因としてはもっとも頻度が高いものです(Wikipediaの該当項がよくできているので,興味がおありの方にはお勧めします)。

実はこの緑内障,眼科の病気でありながら精神科治療においても鬼門です。
なぜなら,精神科の薬(向精神薬)のほとんどが,緑内障のうちの閉塞隅角緑内障を絶対的もしくは相対的な禁忌としているからです。

大多数の向精神薬は神経伝達物質の伝達を遮断したり促進したりすることで作用もしくは副作用を発現するのですが,古いタイプの抗うつ薬や抗精神病薬は,ほぼ例外なく,アセチルコリンという神経伝達物質の伝達を遮断する働き(抗コリン作用)を有していました。

抗コリン作用にポジティブな効果は無く,口渇や便秘,物忘れといった,旧世代の向精神薬の副作用の大半を担っていました。
そして,抗コリン作用を有する薬物は閉塞隅角緑内障を悪化させるため,一昔前まではほとんどの向精神薬が閉塞隅角緑内障を合併する患者さんには使えませんでした。

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精神科の薬と緑内障 (2)

SSRIやSNRI,非定型抗精神病薬のうちのいくつかはこの抗コリン作用が少ないことを「売り」にしており,たしかに旧世代の同効薬にあったような副作用が少ないのですが,しかし依然として閉塞隅角緑内障を合併する患者さんには禁忌です。弱いとはいえ抗コリン作用を持っているからですが,わたしは「精神科の患者さんの車の運転 ⑤」あたりで述べたような製薬会社・厚生労働省の事なかれ主義も関係しているのではないかと考えています。

ここからようやく本題なのですが,ほぼ毎日覗き,たまに書き込みをしている「心身の不調解消ポータル『ピュアネス』」「デパス等抗不安薬を飲み続けていいのか・・・②」というスレッドでご質問をいただきました。

要旨は,「ベンゾジアゼピン系の薬物は閉塞隅角緑内障を合併する患者への投与が禁忌とされているようだが,であるならば閉塞隅角緑内障を合併する患者が不安障害や不眠症を呈したらどうやって治療するのか?」というものでした。

恥ずかしながら,このご質問をいただくまでは,私はベンゾジアゼピンと緑内障についてあまり深く考えたことがありませんでした。

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2007年08月19日

精神科の薬と緑内障 (3)

そこで今回,もっともよく使用されている眠剤のひとつ,ロヒプノールの販売元である中外製薬(例のタミフルの販売元でもあります)のウェブサイトから,以下のような質問を送付してみました。

「医薬情報センター御中:
御社製品ロヒプノールについてですが,急性狭隅角緑内障を併存している患者さんには投与が禁忌となっています。確かに,抗コリン作用がある薬物の場合は緑内障を患われている方への投与は危険だと思いますが,ベンゾジアゼピン系薬物であるロヒプノールは何故に眼圧上昇のリスクがあるのでしょうか? ロヒプノールにも抗コリン作用があるのでしょうか? それとも他の機序によって眼圧が上昇しうるのでしょうか? またこの急性狭隅角緑内障の『急性』はどのように定義されるのでしょうか?」

これに対してご丁寧な回答をいただきました。

「この度は弊社ホームページよりお問合せをいただき、ありがとうございます。
お問合せにつきまして、下記のとおりご回答させていただきます。
ベンゾジアゼピン系薬剤は弱い抗コリン作用を有するため,眼圧が上昇するおそれがあるので,
禁忌としています。また,急性型については,緑内障診療ガイドラインでは『隅角の広範な閉塞に
より短時間に眼圧が上昇し,いわゆる緑内障発作に代表される臨床症状を呈するもの』とされて
います。
よろしくお願い申し上げます。

中外製薬(株)医薬情報センター」

というわけで,不勉強でしたがロヒプノールにも(おそらく他のベンゾジアゼピン系薬物も同様であろうと思われます)弱いながら抗コリン作用があるために急性狭隅角緑内障を併存している患者さんには投与が禁忌とされているようです。

不眠や不安を呈する精神科疾患も緑内障も有病率が高い疾患なので,両者を合併する患者さんの数は決して少なくありません。
もちろん「急性」狭隅角緑内障の定義にあてはまる患者さんは多くはないのでしょうが,眼圧が安定している患者さんの場合では,眼科と連携して精神科治療を行っていく必要がありそうです。

(この項終わり)


追伸 蛇足ながら,私がジェネリック医薬品の使用に積極的ではない理由の一つは,安全性情報に関する提供能力が,多くのジェネリック医薬品メーカーで貧弱であることです。
多くの先行薬メーカーが今回の中外のように情報センターをもっていて迅速に対応してくれますが,このような体制をとっているジェネリックメーカーは多くはありません。

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2007年09月01日

ベンゾジアゼピンの隆盛と没落 (3)

欧米におけるベンゾジアゼピンの「終わりの始まり」は1970年代終盤にやってきました。
篤く信頼されてきたリブリウムやヴァリウムが依存につながるかもしれないという可能性が,マスコミによって提起されるようになったのです。
新聞の健康欄で,テレビのトーク番組で,この問題は繰り返し取り上げられました。
そのことで患者は自分が抱えているかもしれない問題を知り,不安と不満を高めていきました。

また一方で,製薬業界自体にも,ベンゾジアゼピンの依存性を喧伝する一派が現れました。
正義感や科学性といった理由からでは恐らくありません。
ベンゾジアゼピンとは全く異なる作用機序をもったセロトニン製作動性の抗不安薬であるブスパー(一般名ブスピロン)を開発していた製薬会社が,旧来の抗不安薬との差別化を図るために,ベンゾジアゼピンの危険な一面としての依存性を強調するというマーケティング戦略をとったのです。
彼らは,ベンゾジアゼピン依存の問題に積極的に取り組む医師や研究者をサポートし,それをテーマとした学会やシンポジウムのスポンサーになりました。
この活動を通じて彼らは,プライマリケア開業医や精神科医たちにベンゾジアゼピンの危険性を「教育」していったのです。

1980年代には通常の服用量で起こるベンゾジアゼピンの「常用量依存」という概念が浸透し,欧米の一般大衆の認識においては,ベンゾジアゼピンは非常に安全な医薬品から一転して,現代社会にとっての最大限の脅威となったのです。

[参考資料]
「抗うつ薬の功罪―SSRI論争と訴訟」,デイヴィッド ヒーリー,みすず書房 (2005/08)

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>>ベンゾジアゼピンの隆盛と没落 (4)


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ベンゾジアゼピンの隆盛と没落 (4)

ヒーリーは,欧米で起こったこのドラスティックなベンゾジアゼピンに対する評価の転換と対比させる形で,わざわざ日本の状況について言及しています。

欧米では1980年代にトランキライザー(≒ベンゾジアゼピン)の市場が崩壊したにも関わらず,日本においてはむしろ市場は成長を続けました。
このことはヒーリーにとってかなり奇異に映っているようで,「遺伝的に日本人はベンゾジアゼピンに依存しにくい」可能性まで挙げていますが,恐らくヒーリー自身もわかっているように,そのような科学的事実はありません。

恐らくはベンゾジアゼピンという薬の効き方や副作用が,良くも悪くも日本の精神医療の実情,処方医の性向,患者さんの志向にマッチしていたことが,日本でここまでベンゾジアゼピンが多用され続けていることの理由であろうと私は考えます。

「抗うつ薬の功罪―SSRI論争と訴訟」の中の1項を叩き台に欧米と日本におけるベンゾジアゼピンへの評価の違いをご理解いただいたところで,次回からはいよいよ「ベンゾジアゼピン依存」もしくは「ベンゾジアゼピンの正しいやめ方」に進むことにします。

[参考資料]
「抗うつ薬の功罪―SSRI論争と訴訟」,デイヴィッド ヒーリー,みすず書房 (2005/08)

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(この項終わり)


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