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2007年04月26日

線維筋痛症 (1)

本日の日経オンラインに,「線維筋痛症、一般医の25%が病名知らぬ」というタイトルの記事が掲載されていました。

藤田保健衛生大の松本美富士医師が4月26日,横浜で開催中の第51回日本リウマチ学会総会・学術集会の一般口演で報告した内容をまとめたもので,松本医師の報告によれば,線維筋痛症の患者が受診する可能性がある10種類の標榜科のプライマリケア医約3000人を対象とした調査において,疾患概念まで認知していると答えた医師は全体の32.2%,病名は知っていると答えたのは38.4%で,28.4%は病名すら知らないという結果であったということです。

この記事は私にとってはなかなかタイムリーなものでした。
実はちょうど今,線維筋痛症が疑われる患者さんを外来で診ているのです。

ちなみに私は,松本医師の調査における多数派――「線維筋痛症の病名は知っている(が,詳細な診断基準や治療法までは習熟していない)」クチでした。

そこで泥縄的にこの病気の勉強をしていたところだったので,ノートをとる代わりにこのブログに線維筋痛症の疾患概念や治療法をまとめていきたいと思います。


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2007年05月03日

線維筋痛症 (2)

これまたタイムリーなことに,「臨床精神薬理」の2月号(第10巻第2号)に線維筋痛症のレビュー(総論)論文が掲載されていました。

「臨床精神薬理」誌は,精神医学の専門雑誌のひとつで,その名の通り,臨床における向精神薬の用いられ方――精神科薬物療法に関する論文を主に掲載しています。

この雑誌が本年の2月号で「痛みに対する精神科薬物療法」という特集を組んでおり,その中で線維筋痛症もとりあげられているのです。
身体的な感覚の筆頭であるように思われる「痛み」が,整形外科や神経内科ではなく精神医学の雑誌で特集されるのを奇異に感じられる方もいるかもしれません。
しかし,実際のところ,精神科で疼痛を取り扱う機会は少なくないのです。

理由としては,①精神科疾患,特にうつ病が疼痛と密接な関係があること(これには,疼痛が続く身体疾患の患者さんは抑うつ的になりやすいことと,うつ病の患者さんでは痛みの訴えが強くなりやすいこと,の両方の意味があります),②慢性疼痛に対して,一部の向精神薬が有効であること,の2つがあげられるでしょうか。

一方で疼痛のメカニズムや適切な治療法についてすべての精神科医が十分な知識を持っているわけではないので,「臨床精神薬理」のような雑誌で疼痛に対する薬物療法がとりあげられる価値は十分にあるわけです。

ちなみに,「臨床精神薬理」の2月号(第10巻第2号)では線維筋痛症の他に,疼痛性障害,うつ病と疼痛,癌性疼痛などの総論が掲載されています(抄録だけなら発行元である星和書店のウェブサイトで閲覧することができます)。

レビュー論文というのは内外の研究報告を総ざらいしてまとめたものなので,ある疾患や薬物について,勉強のとっかかりとして浅く広く学ぶには効率的です。

多少安易ではありますが,まずは「臨床精神薬理」の2月号(第10巻第2号)に載っているこのレビュー論文,「線維筋痛症の概念と治療アプローチ」を解説してみたいと思います。


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2007年05月05日

線維筋痛症 (3)

それでは,適宜コメントを入れながらこの論文を要約してみようと思います。


疫学
線維筋痛症の有病率は0.7~3.3%と報告されているが,国によって調査結果がまちまちである。
(※ これは後述される線維筋痛症の診断基準の曖昧さに起因すると思われます)
男女別では明らかに女性の有病率が高い。

病因・病態
線維筋痛症の病因は不明であるが,何らかの遺伝的要因の関与は推定されている。身体的・精神的な様々なストレスが発症の引き金となりうる。
中枢神経系のセロトニンとノルアドレナリンは疼痛の抑制において重要な役割を果たすが,線維筋痛症の患者の髄液中ではこれらの神経伝達物質が減少している。

臨床症状
慢性的な全身痛:頸部や腰部を中心とした体軸に集中する傾向がある。時に皮膚に軽く触れるだけで叫び声をあげるほどの痛覚過敏(アロディニア)がみられることもある。
その他:睡眠障害,朝のこわばり,しびれ,頭痛,微熱,抑うつ,など。

検査所見
血液検査や画像検査などで,線維筋痛症に特徴的な異常は知られていない。
(※ このことは,線維筋痛症が,多くの精神疾患と同様に,類似の症状をきたしうる他の全ての疾患を除外する「消去法」によってしか診断できないことを意味しています)


<出典>
「線維筋痛症の概念と治療アプローチ」
西村勝治(東京医科大学医学部精神医学教室)
「臨床精神薬理」,2007年2月号(第10巻第2号)


次回は診断と治療の部分を要約します。


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2007年05月08日

線維筋痛症 (4)

診断
線維筋痛症の診断は多分に除外診断的要素が含まれる。
前述の症状を呈し,特異的な圧痛点で陽性所見が認められる場合に線維筋痛症と診断される。
米国リウマチ学会による分類基準は診断の参考となる。
※ 確立した診断基準は無いようです。米国リウマチ学会による分類基準についてはCo-Cure-Japanのウェブサイトなどに掲載されています。

治療
抗うつ薬の有効性が確認されている。
三環系抗うつ薬は線維筋痛症のすべての症状をプラセボよりも有意に軽減させるが,三環系抗うつ薬が有効な患者は全体の30%程度である。これは,過去の臨床試験で用いられた三環系抗うつ薬の用量はいずれも低かったことと関係しているかもしれない。
選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)では,フルオキセチンとシタロプラムについて研究がなされている。抑うつに対する効果は確認されているが,疼痛に対する効果は一定しない。
セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI)ではデュロキセチンとミルナシプラン(トレドミン)について研究がなされている。いずれも,高い有効性と安全性が報告されている。
これらの所見から,線維筋痛症に対しては,セロトニンとノルアドレナリン両方への作用を有することが重要と考えられ,SNRIが第一選択治療薬と位置づけられるであろう。


<出典>
「線維筋痛症の概念と治療アプローチ」
西村勝治(東京医科大学医学部精神医学教室)
「臨床精神薬理」,2007年2月号(第10巻第2号)


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2007年05月09日

線維筋痛症 (5)

うつ病の症状として痛みが出現することがありますし,うつ病になると身体的な痛みを強く感じるようにもなります(これを「疼痛閾値が下がる」と言います)。

しかし,線維筋痛症に対して抗うつ薬,なかんづくセロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI)が有効であるという事実は,線維筋痛症がうつ病の一亜型であることを意味するものではありません。

もちろん,強い痛みが慢性的に続くわけですから,線維筋痛症の患者さんが抑うつ的になるのはおかしいことではありませんし,そのことで尚更痛みを強く感じるようになり,それでまた抑うつ的になる……という悪循環が形成される可能性は高いでしょう。
SNRIによって抑うつ症状が改善すれば,この悪循環が断ち切られ,線維筋痛症の症状が改善する,ということはありそうです。

しかしこれまでの研究は,SNRIが,抑うつ症状の改善とは無関係に線維筋痛症の中核症状を改善させることを示しています。

つまり,抑うつ症状が改善しなくても疼痛が軽減したり,逆に抑うつ症状が改善しても疼痛が軽減しなかったりすることがあるという意味です。


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2007年05月13日

線維筋痛症 (6)

線維筋痛症 (3)線維筋痛症 (4)の2回に渡って紹介した論文(「臨床精神薬理」,2007年2月号(第10巻第2号))で示されている内容はまさにそういう意味です。

選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)は線維筋痛症の抑うつ症状を改善しますが,疼痛には効果がありません。
一方で,セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI)は線維筋痛症の抑うつ症状と疼痛の両方を改善し,両症状の改善には相関がありません。

このことと,痛覚を伝える神経の経路上においてノルアドレナリンやセロトニンが大きな役割を果たしているという知見から,SNRIの線維筋痛症に対する作用点は,抑うつ症状に対する作用点とは(多少のオーバーラップはあったとしても)独立したものであろうと考えられています。

これを強調すべきだと思うのは,線維筋痛症のような,確定診断のための基準が確立しておらず,有用な検査も知られていない疾患概念は,しばしば受け入れられるまでに時間がかかり,あたかも患者さんご本人の「心の弱さ」のように扱われることがあるからです。

少し前に話題になった「脳脊髄液減少症」なども同様の例かもしれません。
疾患として理解されず,周囲からは「気のせい」,「怠けているだけ」等々と心無いことを言われ,医療者からも「検査で何もみつからないのだから精神的な問題」であると突き放され,それ以上の治療は受けられないまま精神科に紹介されることが少なくありません。

実際のところ,少なからぬ線維筋痛症の患者さんが精神科で治療されているのは,ほとんどの場合で,精神科医がSNRIを使い慣れているから,というポジティブな理由からではないのです。

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>>>線維筋痛症 (7)
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2007年05月15日

線維筋痛症 (7)

そもそもこの問題を勉強してみるきっかけとなった藤田保健衛生大の松本美富士医師の研究発表で明らかにされているように,線維筋痛症の疾患概念まで認知しているプライマリケア師は全体の32.2%にすぎず,「病名は知っている」程度の医師が38.4%で,28.4%の医師は病名すら知りません。

病名すら知らない――線維筋痛症の存在すら知らない医師は,線維筋痛症の患者さんを診ても,自分が知る限りの疾患が検査によって除外されれれば,「異常無し」と診断を下すかもしれません。
それでも患者さんの訴えが強ければ専門医を紹介し,運よくその専門医が線維筋痛症を疑えば患者さんは正しい診断に基づいて正しい治療が受けられるかもしれません。

しかしいくつかの不幸が重なると,患者さんは「ヒステリー」の診断のもと,精神科医のもとへと送られてきます。
精神科医に対して,松本医師が行ったのと同様の調査が行われたという話は聞きませんが,線維筋痛症の存在すら知らない精神科医の割合は28.4%ではすみそうにありません。
そもそも精神科の世界では,精神疾患の診断や治療についてすら,標準化された診断や治療が十分には行われていないのです。
専門分野以外の疾患にも興味をもつ精神科医は少数派でしょう。

精神科に紹介された患者さんの多くは,偶発的にセロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI)を処方される僥倖に恵まれない限りは,安定剤を処方され,それが効かなければ(効くはずはありませんが)薬の量が増えるか,カウンセリングのような不必要な治療が施され,病状がどんどん複雑化していきます。

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>>>線維筋痛症 (8)
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2007年05月18日

線維筋痛症 (8)

一般科の医師は,検査に基づいて診断を下すことに,あまりにも慣れすぎています。
一方で精神科医は,自分たちが相手にする病気には,診断の根拠となる検査値がないのだという事実に慣れすぎてしまっているかもしれません。

一般科の医師は,ある患者さんに対して思いつく限りの検査を行っても異常所見が得られないと,しばしば「心因性」疾患と診断を下し,その患者さんを精神科医に紹介します。

精神科医は,一般科の医師が検査をして異常が無かったのだから,その患者さんは自分の守備範囲の疾患を患っているのだろうと盲目的に対処しがちです。

しかし,検査において異常所見が認められなかったという事実には,「現時点の科学・医学水準においては」という重大な留保がつきます。

レントゲンもなかった16世紀――といった極端な例を出すまでもなく,例えば,胃潰瘍の患者さんの何割かが,精神安定剤によって治療されたり,精神科に通っていたりという時代がありました。
ほんの20年か30年前のことです。

胃潰瘍の原因が心理的なストレスであると考えられていたからです。
それは必ずしも間違った考え方ではありません。
しかしながら,現在では,心理的ストレスが胃潰瘍の唯一絶対の原因であるとは見做されていないのは皆さんもよくご存知のとおりです。

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>>>線維筋痛症 (9)
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2007年05月31日

線維筋痛症 (9)

「ヘリコバクター・ピロリ菌の発見と胃炎や胃かいようにおける役割の解明」という業績に対して2005年,ノーベル生理学・医学賞が贈られました。

幽霊の正体見たり……ではありませんが,長年に渡って治療不可能と思われていた病態や疾患の原因が,ある日突然,もしくは地道な研究活動の結果,明らかにされることは少なくありません。

精神科の世界においてすら,「心因」がかつてほどは幅を利かせられなくなっています。

もちろん患者さんの心理的な問題をないがしろにすべきではありませんが,患者さんのココロを「診断のゴミ箱」にしてしまうのはもってのほかです。

一般科の医師も精神科医も(この分け方自体がそもそもおかしいのですが),人体に対する真摯さと検挙さをもって日々研鑽を重ねるべきでしょう。

(この項終わり)

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