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ジプレキサと体重増加・糖尿病 アーカイブ

2007年10月11日

ジプレキサと体重増加・糖尿病 (1)

メンタルヘルスブログランキング 現在37位

加入しているメルマガで2~3日前に知りました。
「え,今さら?」というのが正直な感想です。


Eli Lilly社 他の非定型抗精神病薬に比べてオランザピンは血糖上昇を引き起こすリスクがより高いことを初めて正式に認めた

2007 年10月5日、Eli Lilly and Co(イーライリリー)は、統合失調症や双極性障害の治療に使用される非定型抗精神病薬・オランザピン(olanzapine)は他の一部の非定型抗精神病薬に比べて血糖上昇を引き起こすリスクがより高いことを初めて正式に認め、Zyprexa(ジプレキサ;olanzapine、オランザピン)やオランザピンとフルオキセチンの合剤・Symbyax(olanzapine/fluoxetine HCl)の添付文書(製品レーベル)にその注意を含む新たな安全性情報を追加したと発表しました。(引用:BioToday


BioTodayの会員ではないので全文は読めていないのですが,何をかいわんや,と現場の精神科医ならば誰でも感じるニュースでしょう。

向精神薬,中でも抗精神病薬では副作用のひとつとして体重増加や血糖上昇,脂質(コレステロールや中性脂肪)上昇がしばしば問題になります。
そして中でもイーライリリー社のジプレキサ(オランザピン)は,処方する方が驚くほど急激に,これらの指標の大幅な上昇を引き起こします。

しかし確かに製造・販売元のイーライリリー社は,このことを否認し続けてきました。

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2007年10月13日

ジプレキサと体重増加・糖尿病 (2)

メンタルヘルスブログランキング 現在24位

現在日本で使用できる非定型抗精神病薬と括られる薬の中でも,ジプレキサ(olanzapine,オランザピン)で体重の増加や血糖・血中脂質(中性脂肪やコレステロール)上昇といった代謝系の副作用がもっとも強いことは,精神科医のほとんどが,そして何よりこの薬の投与を受けている患者さんが,実感されているところなのではないかと思います。

実際,この薬は発売されてから1年後には糖尿病を合併する患者さんに対する投与が禁忌になりました。

私は病院に出入りするイーライリリー社のMRに,この問題に対する同社のスタンスを何度か尋ねたことがあります。
端的に言うと,彼はジプレキサの「有罪」を一度も認めませんでした。

また,イーライリリー社が主催する講演会にも何度か顔を出しましたが,演者(多くの場合は同社が招聘した大学病院の教授や外国人医師でした)は,この問題に触れつつも,たくみにジプレキサの有効性に話題を向け,この薬によって患者さんが得られる利益が不利益を上回るというロジックを展開するのが常でした。

私が認識している限り,同社がジプレキサの代謝系副作用に対してとってきたスタンスは以下の2点に要約されます。

  1. 体重増加や血糖上昇はジプレキサだけで見られる問題ではなく,全ての抗精神病薬で認められる副作用である。よって,精神科医は,ジプレキサを処方した場合のみならず,統合失調症の治療を行う際はすべからく代謝系の副作用に敏感になるべきである。

  2. ジプレキサは陽性症状のみならず陰性症状や認知機能障害といった統合失調症の広範な症状を改善する。患者さんのQOLを高めるその画期的な有効性は,欠点を補って余りあるものである。

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2007年10月17日

ジプレキサと体重増加・糖尿病 (3)

メンタルヘルスブログランキング 現在22位

パキシルの,メジャーでマイナーな副作用」でも指摘したように,こうしたやり方は製薬会社の常套手段になっています。

ジプレキサ体重の増加や血糖上昇が他の非定型抗精神病薬よりも多いことを示した研究は国内外で枚挙にいとまがありませんが,そうした指摘を,イーライリリー社は「ジプレキサと体重増加・糖尿病 (2)」で述べたような強弁で切り抜けようとしてきました(その試みは明らかに失敗していると思いますが)。
または,このようなやり方で,本来は不利なデータを,自分たちに有利な結論を導くために独特の解釈を加えてリリースしたりもしています。

CATIE試験のフェーズ2で判明
統合失調症患者の薬物治療を長続きさせる主要因は症状の改善度

- 副作用ゆえに脱落する患者は少数派 -

2006年4月12日:プレス発表資料
抗精神病薬「ジプレキサ」(一般名オランザピン)の効果は治験薬中トップクラス
>>>本文


ここで取り上げられているCATIE試験とは,米国立精神衛生研究所(NIMH)が主導した大規模研究で,非定型抗精神病薬の臨床的有用性を検証することを目的としています。
実はこの試験の結果においてもやはり,ジプレキサを投与された統合失調症患者さんでは,他の抗精神病薬を投与された患者さんに比べて,体重増加や血糖上昇,脂質上昇といった代謝性の副作用が多かったことが示されているのです。

イーライリリー社は,「しかしそういった副作用を理由にジプレキサを中止した患者は少なかった。だからやはりジプレキサの有効性が高く評価されるべきだ」と主張しているのです。

CATIE試験の概要については,自由人しんすけさんの「ARE U FUNNY BOYS & GIRLS ? 」というブログによくまとまった記事が載っていましたので是非ごらんになってみてください。試験主導者の考え方がイーライリリー社の主張とはまったく違ったものであることがおわかりになると思います。

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2007年10月30日

ジプレキサと体重増加・糖尿病 (4)

メンタルヘルスブログランキング 現在28位↓

CATIE試験の結果をもって,日本イーライリリー社がジプレキサ(オランザピン)の有用性を主張することには,少なくとも以下の2つの問題があります。

  1. CATIE試験の試験期間は18ヶ月だが,対象となった統合失調症は慢性疾患であって,患者さんは生涯に渡って服薬を続ける必要がある。

  2. CATIE試験は米国の試験であり,対象となった患者さんはすべてアメリカ人である

まず1.ですが,たった1年半の試験期間においても,ジプレキサによってもたらされる体重増加血糖上昇脂質上昇といった副作用の頻度が高いことは明らかにされているわけです。

この薬を,20年,30年と飲み続けた患者さんの体には何が起こるのでしょう?

誰にもわかりません。
米国ですらジプレキサが発売されたのは1996年です。つまり11年を超えてこの薬を飲み続けた患者さんは世界中を見回しても存在しないのです。

一方で,内分泌・代謝内科の分野の研究では,年余に渡る血糖や脂質の上昇が確実に寿命を縮めることを明らかにしています。
空腹時血糖が126mg/dlを超えると「糖尿病型」の血糖値とみなされますが,そこまで至らなくても,正常域内で血糖が上昇するだけで将来の心血管系の疾患(脳卒中や心筋梗塞)の発症リスクが飛躍的に高まることが知られているのです。

ジプレキサを服用している患者さんの空腹時血糖値が80mg/dlから100mg/dlに上昇したとします。
正常値なので,主治医がこれを理由にジプレキサを中止する可能性は低いでしょう。
しかし,空腹時血糖値が80mg/dlのまま20年を経過した場合と,100mg/dlで経過した場合とでは,20年後,30年後のの患者さんの健康度はまったく違ったものになっている可能性が大なのです。

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2007年11月01日

ジプレキサと体重増加・糖尿病 (5)

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ジプレキサの使用によって糖尿病を発症しなかったとしても,血糖値が正常範囲内で上昇しただけで,将来的な冠動脈性心疾患(CHD)および心血管疾患(CVD)の発症リスクが上昇し,生命予後が不良になることがケンブリッジ大学のKhaw医師らの研究によって明らかにされています(「糖尿病のない一般成人においても血糖値は低い方が望ましい」,Khaw, K-T. et al, Annals of Internal Medicine 2004; 141(6) : 413–420)。

CHDやCVDのような心血管系の疾患は,ゆっくりと,しかし着実に,数十年をかけて進行し,ある日突然致命的な状態を引き起こします。
イーライリリー社が「他の非定型抗精神病薬に比べてオランザピンは血糖上昇を引き起こすリスクがより高いことを初めて正式に認めた」という事実は,実は,「ジプレキサ(オランザピン)を長期に服用すると生命予後が悪くなる」と認めたということと同義なのです。

ちなみに,オランザピンはクロザピンという抗精神病薬を雛形として合成された化学物質です。
1960年代に開発されたクロザピンは,無顆粒球症や心筋炎という致命的な副作用を有しているにも関わらず,現在でもなお有効性の面では「最強」と目されている抗精神病薬です(ちなみに日本はこのクロザピンが認可されていない数少ない先進国の一つです)。

クロザピンの代謝系の安全性プロフィールは,兄弟物質であるオランザピンによく似ています(オランザピンでは無顆粒球症や心筋炎の心配はほとんどありませんが)。
オランザピンは「マイルドなクロザピン」とも呼べる薬なわけですが,このクロザピンについては非常に興味深い研究報告がなされています。

クロザピンはオランザピンよりも有効性が優れている反面,体重増加や血糖上昇といった代謝系の副作用についてもオランザピンを上回っています。
2001年に発表された“Estimating the consequences of anti-psychotic induced weight gain on health and mortality rate”という論文の中で,Fontaineらは,クロザピンを用いて100,000人の統合失調症患者さんを10年間治療した場合,その卓越した有効性のために492人の自殺を防ぐことができる一方,体重増加に伴う合併症のために416人の患者さんが死亡すると試算しています。

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2007年11月07日

ジプレキサと体重増加・糖尿病 (6)

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つまり,クロザピンの有効性における優位は,長期服用した場合には代謝系の副作用によってほとんど相殺されてしまう可能性があるのです。

いくぶんクロザピンに有効性が劣り,いくぶん代謝系の副作用が少ないジプレキサオランザピン)でも,長期的には同じことが言える可能性が大です(オランザピンによって助かる患者さんの数も,オランザピンのために亡くなる患者さんの数も,クロザピンの場合よりもいくらか少ないであろうということです)。
……欧米人においては。

CATIE試験も,前述のFontaineらの試験も,米国における研究であるということには留意しておくべきでしょう。両研究とも,対象となったのは米国人です。

ジプレキサの有効性について,民族によって差があることを示す研究はありません。
しかし安全性――代謝系の副作用に関しては,民族によって明らかに発現リスクに違いがあります。
特に高血糖についてはエビデンスが蓄積されており,はっきり言ってしまえば,日本人は白人種に比べてオランザピンの服用によって高血糖をきたすリスクが高いのです。

これは日本人の栄養摂取状況が,歴史的に見て白人種よりも貧素なものであったことに由来すると考えられています。
農耕民族であったわれわれは狩猟民族であった白人種に比べて高栄養を摂取する機会が少なく,大量の炭水化物や脂質,蛋白質を処理できるように適応・進化する必要がなかったのです。

糖分や,体内で分解されると糖分に変わる炭水化物を摂取すると,それが血中に取り込まれて血糖値が上昇します。
するとそれを察知して,膵臓からインシュリンが分泌されます。
このインシュリンの働きで末梢の細胞が血中のブドウ糖を取り込み,エネルギーとして活用できるようになります。

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2007年11月12日

ジプレキサと体重増加・糖尿病 (7)

メンタルヘルスブログランキング 現在44位↓

わが国においてメタボリック・シンドロームが昨今これほど問題になってきている理由の一つとして,日本人の栄養処理能力が貧困であるにもかかわらず食生活が欧米化してきていることが挙げられるのではないかと考えられています。

歴史的に見て日本人の食生活がこれほどまでに豊かだった時代はありません。
日本人の内臓の性能が,そうした食生活の変化に追いつけていない結果の一つが,糖尿病を始めとする代謝系の疾患の罹患率の上昇であるわけです。

そしてそれは統合失調症の患者さんにも当てはまります。
統合失調症であることそのものが,遺伝的なレベルで,糖尿病の危険因子だということがわかっています。
統合失調症であることで二次的に生じる活動性や運動量の低下もまた,糖尿病の危険因子です。
そこにきて,統合失調症の治療薬として血糖上昇の副作用リスクが高いジプレキサを飲めば,それらのリスクが高まることは必定です。

つまり,ジプレキサの薬理学的プロフィールは,特に日本人の統合失調症患者さんにとって不利に働く性質である可能性があります。

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2007年11月20日

ジプレキサと体重増加・糖尿病 (8)

メンタルヘルスブログランキング 現在75位↓

イーライリリー社は,他の非定型抗精神病薬に比べてオランザピンジプレキサ)は血糖上昇を引き起こすリスクがより高いことを初めて正式に認めましたが,そのメカニズムや,民族差に基づく日本人でのリスクについては言及していません。

炭水化物の摂取に応じてインシュリンを分泌し,血糖値をコントロールする膵臓の機能が欧米人に比べて劣る日本人では,ジプレキサがもつ血糖上昇という副作用が,より大きな意味をもっている可能性があります。

中長期的に用いられた場合に(ジプレキサを含む抗精神病薬は長期的に用いられる薬ですが)糖尿病を発症するリスクが高くなるかもしれませんし,糖尿病にまで至らずとも将来的な心血管系の疾患の発症リスクが上昇するのは既に述べた通りです。
要するに私が危惧しているのは,「やはりジプレキサは日本人にとっては危険なクスリでした」ということが,10年後や20年後になって明らかになることです。

実は私自身のジプレキサに対する評価は決して低いものではありません。
陽性症状のみならず陰性症状や認知機能障害の改善も得られ,錐体外路系の副作用が少ない,という点については,イーライリリー社が喧伝している通りでしょう。

しかし,短期的には良く効くが,20年後には心筋梗塞や脳卒中で患者さんがバタバタと亡くなる,という懸念があるクスリを積極的に使えるかというと,これは中々に究極の選択です。

>>>ジプレキサと体重増加・糖尿病 (9)


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2007年11月28日

ジプレキサと体重増加・糖尿病 (9)

メンタルヘルスブログランキング 現在36位↑

私が問題視しているのは,長期的に血糖上昇(それが異常値と呼ばれる域に達していなくても)が続いた場合に患者さんの生命予後に悪影響が及ぶことが判明していて,かつイーライリリー社自体がジプレキサによる血糖上昇のリスクが高いことを公式に認めているにも関わらず,なお同社がCATIE試験のような短・中期の試験の結果のみをもって「ジプレキサは有用な薬である」と喧伝している点です。

イーライリリー社がジプレキサの長期的な危険性に気づいていないわけはありません。

マーシャ・エンジェル著「ビッグ・ファーマ―製薬会社の真実」デイヴィッド ヒーリーの「抗うつ薬の功罪―SSRI論争と訴訟」にも登場するイーライリリー社は世界ベスト10に入るメガ・ファーマであり,ジプレキサだけを製造・販売しているわけではないのです。

そもそも,同社は世界で初めて遺伝子組み替えによるヒトインスリン製剤の開発に成功したことで名を成した製薬会社です。
糖尿病を初めとする血糖,ひいては代謝系の問題に関してはむしろ強みを持っているはずの企業なのです。

にも拘らず,彼らがジプレキサ服用に伴う長期的リスクを無視したプロモーションを行っているのでは,確信犯的行動と見做されても仕方がないのではないでしょうか。

えらく長くなってしまいましたが,しばしば見られる,製薬会社のプロモーションと医学的事実の乖離の好例であると思われたのでこの件についてとりあげさせていただきました。

次回からは「睡眠薬と安定剤の正しい止め方」に戻ります。

(この項終わり)

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