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2008年09月 アーカイブ

2008年09月02日

双極性障害(躁うつ病)の診断と治療 ―典型的な治療失敗例(疑)を通じて― (8)

さて,たなかみる氏が双極性障害(躁うつ病,躁鬱病)と診断されたうえで施されている治療の内容についてです。

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結論から言うと,たなか氏は双極性障害(躁うつ病,躁鬱病)と診断されているにも関わらず,気分安定薬(ムードスタビライザー)を飲まれていません。
ここに描かれているように,その時々の状態に応じて,たなか氏みずから判断して(もちろんそれは病状があるていど安定している場合なのでしょうが),必要と思われる薬の処方を主治医に求める,というスタイルになっているようです。

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これは必ずしも批判されるべき処方のあり方とは言えません。
患者さんの病識(自分が病気であり,治療が必要だと認識すること)が十分にある場合,そして治療歴が長くなって患者さんがいくつかの薬の効き目や副作用をそれこそ「体得」している場合には,必要な薬の種類や量を,患者さんの方が的確に判断できることはたしかにあります。

しかし,たなか氏の場合はどうでしょう。

 

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2008年09月11日

双極性障害(躁うつ病)の診断と治療 ―典型的な治療失敗例(疑)を通じて― (9)

双極性障害_躁うつ病_躁うつ病_パキシル_メンタルクリニック_精神安定剤うつに対しては、案の定というか、抗うつ薬が用いられています。

パキシルによる治療経過中に起こった躁転を機に双極性障害へと移行した患者さんなのでパキシルは使いづらいのかもしれませんが、実は数ある抗うつ薬の中で双極性障害のうつ状態への有効性と安全性がもっとも検討されているのはSSRI、なかでもとりわけパキシルです。

ただ、抗うつ薬に関しては相性もあるわけですし、大規模試験で好結果が出た薬が全ての患者さんに良い結果をもたらすわけでもありませんから、抗うつ薬のチョイスに関して多くを語るつもりはありません。

どのみち、十分量の気分安定薬によるベースの治療がなされていないかぎりは、どの抗うつ薬が用いられたとしても、百害あってようやく一利があるくらいです。

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2003年に双極性障害の権威が集まって行われた国際会議の結果から書き起こされた論文がJournal of Clinical Psychiatryという雑誌に掲載されていますが("International Consensus Group on Bipolar I Depression Treatment Guidelines" 2004 Apr;65(4):571-9)、この会議上、双極性障害のうつ状態に対する臨床医の意識が低く、抗うつ薬単独による治療が未だに広く行われていることがこの分野における国際的な問題であることが指摘されています。

 

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2008年09月22日

双極性障害(躁うつ病)の診断と治療 ―典型的な治療失敗例(疑)を通じて― (10)

前記事では,「マンガ お手軽躁うつ病講座High&Low」「マンガ境界性人格障害&躁うつ病REMIX 日々奮闘している方々へ。マイペースで行こう!」で描かれているたなかみる氏の主治医(恐らく実在の人物……というか、阪南病院の医師で、実名で巻末に「発刊に寄せて」という文章を載せています)に精神科薬物療法の基本的な知識が欠けていると結論づけました。

なんて傲慢な奴だと思われた方も多かったかもしれませんが,実のところ,日本の精神医学の総体的なレベルの低さをいちばん知っているのは精神科医自身です。
私が思うところを書き連ねるよりはよほど現状を端的に表した記事が2006年9月27日の毎日新聞に載っていたので,これをとっかかりにお話を進めることにしましょう。

「うつ病:適切な治療を受けているのは1/4 学会,研修の実施検討」と見出しがつけられたこの記事では,中根允文・長崎大学名誉教授,樋口輝彦・国立精神神経センター院長,野村総一郎・防衛医科大学校教授といった大御所のコメントをうまく引用して精神医学の現状を描出しています(新聞記事なので遠からずWeb版のリンクは既に切れています。少し長くなりますが,この記事のいちばん下に全文をコピペしておきます)。

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これはうつ病の治療についての記事であるわけですが,日本の精神医学がうつ病に関してだけこれほどプアで,他の病気については充実しているということはありえないわけなので,要するにこの記事は日本の精神医学のレベルはこの程度である,ということの証左と言えます。

最初のパラグラフからして,「うつ病の治療法をきちんと知らない精神科医が多いという」。
「心の風邪」の治し方を知らない精神科医が多いわけです。
いちおうは「精神疾患は統合失調症,パニック障害,アルコール依存症など多岐にわたり」というフォローが入っていますが,精神医学がそこまで専門分化してるわけじゃなし,うつ病の治療法をきちんと知らない精神科医が統合失調症やパニック障害やアルコール依存症の治療をきちんと知っているということはありえません。
要するに,「精神疾患の治療法をきちんと知らない精神科医が多い」ということに他ならないのです。

良くも悪くも,阪南病院のN医師は,おそらく日本の標準的な精神科医なのかもしれません。

 

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2008年09月30日

双極性障害(躁うつ病)の診断と治療 ―典型的な治療失敗例(疑)を通じて― (11)

前回取り上げた毎日新聞(2006年9月27日)の記事の解説の続きです。

ラストセンテンスの「当面は大学病院や総合病院の精神神経科,うつ病専門の開業医にかかるのがよい」というの樋口輝彦・国立精神神経センター院長のコメントが全てを物語っています。

国立精神神経センターは高度な専門施設ですから,当然,他の医療機関で治療がうまくいかなかった患者さんが多く紹介されてきます。
それはすなわち,国立精神神経センターで働いている医師は,他の医療機関で行われている治療がいかに貧困なものであるかを身に沁みて理解しているということに他なりません。
紹介状に記されている前医の処方に,患者さんから聞くそれまでの治療内容に,唖然とすることはけっして稀ではないでしょう。

「うつは心の風邪」というキャッチフレーズのもと啓蒙がなされた結果,それまで治療に乗っかっていなかった多くの患者さんが医療機関の門を叩くようになりました。

しかしその門の向こうに,適切な治療をしてくれる医者がいる可能性は25%にしかすぎません。
風邪をひいて内科を受診して「当面は大学病院や総合病院の風邪専門の医師にかかるのがよい」と言われることがあるでしょうか。
精神科領域ではそれが現実なのです。

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Common diseaseであると言われるうつ病ですら,75%の精神科医は適切な治療を行うことができません。
いわんやうつ病よりも珍しい,もしくは治療が難しい病気においてをや,です。
そして,双極性障害(躁鬱病,躁うつ病)を含めて,ほとんどの精神疾患が,うつ病よりも珍しかったり,治療が難しかったりするのですが。

日本の現状では,患者さんやそのご家族は,まずご自分の病気に適切な診断を付け,適切な治療を施してくれる「まともな医者」をみつけるところから始めなければならないのです。

しかし,精神科領域における「良い医師」の定義は一様ではありません。

たとえば,「マンガ お手軽躁うつ病講座High&Low」「マンガ境界性人格障害&躁うつ病REMIX 日々奮闘している方々へ。マイペースで行こう!」では,たなか氏は病状が好転しているとは思われず,ご自分でもそのことに気づいている節がありますが,それでもこの主治医に信頼を寄せているようです。

実はこれは珍しいことではありません。

 

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