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2007年09月 アーカイブ

2007年09月01日

ベンゾジアゼピンの隆盛と没落 (3)

欧米におけるベンゾジアゼピンの「終わりの始まり」は1970年代終盤にやってきました。
篤く信頼されてきたリブリウムやヴァリウムが依存につながるかもしれないという可能性が,マスコミによって提起されるようになったのです。
新聞の健康欄で,テレビのトーク番組で,この問題は繰り返し取り上げられました。
そのことで患者は自分が抱えているかもしれない問題を知り,不安と不満を高めていきました。

また一方で,製薬業界自体にも,ベンゾジアゼピンの依存性を喧伝する一派が現れました。
正義感や科学性といった理由からでは恐らくありません。
ベンゾジアゼピンとは全く異なる作用機序をもったセロトニン製作動性の抗不安薬であるブスパー(一般名ブスピロン)を開発していた製薬会社が,旧来の抗不安薬との差別化を図るために,ベンゾジアゼピンの危険な一面としての依存性を強調するというマーケティング戦略をとったのです。
彼らは,ベンゾジアゼピン依存の問題に積極的に取り組む医師や研究者をサポートし,それをテーマとした学会やシンポジウムのスポンサーになりました。
この活動を通じて彼らは,プライマリケア開業医や精神科医たちにベンゾジアゼピンの危険性を「教育」していったのです。

1980年代には通常の服用量で起こるベンゾジアゼピンの「常用量依存」という概念が浸透し,欧米の一般大衆の認識においては,ベンゾジアゼピンは非常に安全な医薬品から一転して,現代社会にとっての最大限の脅威となったのです。

[参考資料]
「抗うつ薬の功罪―SSRI論争と訴訟」,デイヴィッド ヒーリー,みすず書房 (2005/08)

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ベンゾジアゼピンの隆盛と没落 (4)

ヒーリーは,欧米で起こったこのドラスティックなベンゾジアゼピンに対する評価の転換と対比させる形で,わざわざ日本の状況について言及しています。

欧米では1980年代にトランキライザー(≒ベンゾジアゼピン)の市場が崩壊したにも関わらず,日本においてはむしろ市場は成長を続けました。
このことはヒーリーにとってかなり奇異に映っているようで,「遺伝的に日本人はベンゾジアゼピンに依存しにくい」可能性まで挙げていますが,恐らくヒーリー自身もわかっているように,そのような科学的事実はありません。

恐らくはベンゾジアゼピンという薬の効き方や副作用が,良くも悪くも日本の精神医療の実情,処方医の性向,患者さんの志向にマッチしていたことが,日本でここまでベンゾジアゼピンが多用され続けていることの理由であろうと私は考えます。

「抗うつ薬の功罪―SSRI論争と訴訟」の中の1項を叩き台に欧米と日本におけるベンゾジアゼピンへの評価の違いをご理解いただいたところで,次回からはいよいよ「ベンゾジアゼピン依存」もしくは「ベンゾジアゼピンの正しいやめ方」に進むことにします。

[参考資料]
「抗うつ薬の功罪―SSRI論争と訴訟」,デイヴィッド ヒーリー,みすず書房 (2005/08)

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(この項終わり)


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2007年09月14日

睡眠薬と安定剤の正しい止め方 (1)

……というタイトルを付けてみましたが,実のところ眠剤や精神安定剤を100%確実に,しかも苦痛や弊害なく止める方法があるかというと,残念ながら答はイエスではありません。

しばらくこのテーマで記事を書いていきますが,看板(タイトル)に偽りアリというご指摘を受ける前にまずこの点を強調しておきたいと思います。

ただ,眠剤や精神安定剤を止められない理由には大きく2つあります。
1つは,ある程度「仕方がなく」止められない場合。
もう1つは,止められるのに止められない場合です。
後者はある意味で医療過誤とさえ呼べると私は思っています。

以前に書いた「精神科の薬はクセになるか?」という一連の記事でベンゾジアゼピン系薬物の依存性について書きました。
眠剤や精神安定剤≒ベンゾジアゼピンですから,今回のシリーズでも同じテーマを扱うことになりますが,ここでは自分の勉強もかねて,ベンゾジアゼピン依存のより臨床的な側面と,依存の防ぎ方,依存が生じた場合の対処に重きをおいて記事を書いていきたいと思います。

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2007年09月16日

睡眠薬と安定剤の正しい止め方 (2)

ここで扱う精神安定剤・睡眠薬(≒ベンゾジアゼピン)依存は,常用量依存(低用量依存,治療用量依存とも言います)にほぼ限定することにします。
例えば,非合法に入手したハルシオンを「トリップ」目的に大量服用するような人の治療法はこの記事の対象ではありません。
あくまで,何らかの精神疾患の治療のために医師から処方された薬を,処方されたとおりに飲んでいたのにも関わらず生じてしまうベンゾジアゼピン依存の治し方――最初にも述べたように,すべての常用量依存を治す方法は無さそうですが――について取り扱っていきます。

ではまずそもそも,常用量依存はどのように定義されるのでしょう?
ベンゾジアゼピンのどれくらいの量が「常用量」,で,どれくらいの期間服用すると依存が生じるのでしょうか。
実は常用量依存の確立した定義は存在しません。

目安として,よく知られた定義を紹介しておきます。

「ジアゼパム 30mg/日以下,あるいは同等量の他のベンゾジアゼピンを継続的に使用し,断薬時に明らかな離脱症状が生じること」(Hallstorm,1981)

「少なくとも3ヶ月間ベンゾジアゼピンを連日服用し,ベンゾジアゼピンの累積量がジアゼパム換算で2,700mgを超えるもの」(Busto,1986)

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2007年09月17日

睡眠薬と安定剤の正しい止め方 (3)

前記事に載せた常用量依存の定義をご覧になるとわかるかもしれませんが,睡眠薬や安定剤の量は「ジアゼパム換算量(同等量)」で表されます。
これについても説明しておく必要があるでしょう。

臨床場面では,例えば,ハルシオンを飲んで寝つきは良くなったが,4~5時間で目が覚めてしまい,その後眠れないといった患者さんに,ユーロジンへの眠剤変更を提案する,といったケースがしばしばあります。
この時,多くの患者さんは「それは薬を強くするということですか?」と心配そうに質問されることが少なくありません。
精神科の薬なんてものは出来れば飲みたくはありませんし,薬が強くなるということは病状が良くないということを示唆する兆候ともとれるので,こうした患者さんの懸念はしごく健全なものです。それに対して煩わしげな対応をする医師はあまり良い医師とは言えないでしょう。

一方で,「ユーロジンはハルシオンよりも強い薬か?」(デパスはレキソタンより,ソラナックスはワイパックスより強い薬か? でもよいのですが)という質問に単純にイエスがノーかで答えるのが非常に難しいことも確かです。

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2007年09月24日

睡眠薬と安定剤の正しい止め方 (4)

ボクシングの世界では,「パウンド・フォー・パウンド最強」という形容の仕方があります。
同じ体重の選手の中では最強,というほどの意味です

ボクシングファンの方でなくても何となくはご存知であろうと思いますが(私も熱心なボクシングファンではありません。亀田大毅 vs 内藤大助の世界戦はさすがにテレビ観戦すると思いますが),ボクシングは階級制の競技です。

体の大きさが違うと当然ながらパンチ力や打たれ強さが違うので,体重で階級分けしないと公平な勝負にならないということなのでしょう。

ベンゾジアゼピン系の精神安定剤や睡眠薬にも似たようなことが言えます。

以前の記事でベンゾジアゼピン系睡眠薬・安定剤の作用機序について簡単に述べたことがありますが,要するにGABAという脳内物質の働きをコントロールすることで抗不安作用や睡眠作用を発揮します。
脳内のGABA受容体にベンゾジアゼピン結合部位という「鍵穴」があって,この鍵穴に「ガッチリ」嵌まり込む薬ほど「強い」薬であるということになります。
この「ガッチリ」度を「親和性」と呼びます。

この親和性は薬ごとに違います。
例えば現行の睡眠薬ではハルシオン(一般名トリアゾラム)はベンゾジアゼピン結合部位との親和性がもっとも高い薬のひとつです。

ならば,ハルシオンが「強い」眠剤なのかと言えば,臨床的には必ずしもそうは言えません。

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睡眠薬と安定剤の正しい止め方 (5)

処方箋を見るとわかりますが,ベンゾジアゼピン系の眠剤や安定剤は種類によって成分の含有量が全く違っています。

ハルシオン(一般名トリアゾラム)錠は薬効成分の含有量が0.125mgか0.25mgですが,ユーロジン(一般名エスタゾラム)錠の含有量は1mgか2mgです。
つまり1つの錠剤の中に含まれる有効成分の量が8倍も違っているこということになります。

何を言いたいのかというと,「睡眠薬と安定剤の正しい止め方 (3)」で例として挙げた,「ユーロジンという睡眠薬はハルシオンよりも『強い』薬か?」という問いについては2通りの答があるということです。

1. 「ベンゾジアゼピン結合部位との親和性」という絶対的基準に照らせば,ユーロジンという「物質」はハルシオンという「物質」よりも弱い薬である。

2. しかしユーロジンはハルシオンの8倍もの量を1錠の中に含有させているので,ハルシオンの0.25mg錠とユーロジンの2mg錠のどちらが強いかと言うと,一般的にはこの2つはほぼ同等の「強さ」であると考えられている。

ということです。

ここで出てくるのが,「ジアゼパン換算量」または「等価換算量」という考え方です。

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2007年09月26日

睡眠薬と安定剤の正しい止め方 (6)

恐らくこれは製薬会社側の工夫なのでしょうが,人間の不安を抑制したり人間を眠らせたりするために,どれくらいの強さでベンゾジアゼピン受容体を塞げばよいかがわかっているので,ベンゾジアゼピン受容体への親和性が高い物質は開発段階で1錠当たりの含有量を少なめに,親和性が低い物質は含有量を多めに,調節した上で医薬品として上市されているわけです。

それでは,「睡眠薬と安定剤の正しい止め方 (2)」で述べた,ベンゾジアゼピンの常用量依存の定義に用いられている「ジアゼパム30mg」は,他の安定剤や睡眠薬に置き換えるとどれくらいの量に相当するのでしょうか。

ここで,「抗不安薬・睡眠薬の等価換算」という考え方を紹介しましょう。
出典は星和書店から発売されていた「向精神薬の等価換算」です。
名著だと思うのですが(古書にプレミアムがついているくらいです),なぜか現在は絶版になっています。

この本に,慶応大学の研究班が1999年に発表した抗不安薬・睡眠薬の等価換算表が載っています。この手の換算表はいくつかあるのですが,慶大版は臨床の感覚で見てもしっくりくるように思えます。

これによれば,ジアゼパム(商品名ではセルシン,ホリゾン他)5mgとデパス(一般名エチゾラム)1.5mgが等価とされています。
他の抗不安薬・睡眠薬では,ソラナックス(=コンスタン。一般名アルプラゾラム)0.8mg,ワイパックス(ロラゼパム)1.2mg,ロヒプノール(=サイレース。フルニトラゼパム)1mg,ハルシオン(トリアゾラム)0.25mg,マイスリー(ゾルピデム)10mgがジアゼパム5mgと等価です。

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2007年09月30日

睡眠薬と安定剤の正しい止め方 (7)

今回は閑話休題……というか,本来予定していた順番とは異なる記事を書くことにします。

ベンゾジアゼピン系抗不安薬ならびに睡眠薬,それらにたいする常用量依存,その裏返しとしての離脱症状,それを防ぎつつ常用量依存から脱する方法といった知識への患者のみなさんのニーズは高いようで,このシリーズを始めてから拙ブログへのアクセス数は増え続けていて,いくつかの支持的なコメントもいただいています。

関心を寄せていただくことも,期待を抱いていただくことも嬉しいのですが,一方で,次第に私の筆が重くなっていくことも確かです。

このシリーズの結末が,多くの読者の方が恐らくは期待されているであろうものにはならないからです。
結論を申し上げるならば,ベンゾジアゼピン系薬物を服用されている全ての患者さんがその服薬を止められるわけではありません。

これには,
①原病(たとえばうつ病)の寛解率が100%ではないので,その部分症状である不安や苛々,不眠を和らげるために用いられるベンゾジアゼピンが止められない,という医学的必然性に基づいた「やむをえない」服薬継続と,
②原病はとっくに治っているにも関わらず,処方医に常用量依存の知識がないために漫然とベンゾジアゼピンの処方が続けられ,その服薬期間や累積服用量があまりにも多すぎて,これから「正しい方法」で離脱を試みても,到底服薬終了までは持ち込めないために,悲劇的な意味で服薬を継続しなければならないといった2つのパターンがあります

>>>睡眠薬と安定剤の正しい止め方 (8)
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睡眠薬と安定剤の正しい止め方 (8)

「睡眠薬と安定剤の正しい止め方」は存在します。
本来的にはそれは,「睡眠薬と安定剤の正しい使い方」と同義であるはずです。適切にベンゾジアゼピンを選び,期間や用量を限定して用いれば,そもそも依存は生じません。

前述したように,うつ病や躁うつ病,統合失調症といった疾患では,一定の割合で「難治例」と称される患者さんがおられ,抗うつ薬や気分安定薬,抗精神病薬といった,それぞれの疾患の本来的な治療薬や精神療法を用いても症状が改善しないために,対症療法であるベンゾジアゼピン系薬物を使用し続けざるをえない場合はあります。

原病が寛解する患者さんで,しかしベンゾジアゼピンの依存が生じてしまう方も,残念ながら存在します。
このシリーズで取り上げるのは,そうした患者さんを対象とした狭義の「睡眠薬と安定剤の正しい止め方」になります。

しかしながらそうした,「医原性で」,「不必要な」常用量依存(臨床用量依存)でも,あまりに長期に渡って持続すると,離脱はきわめて困難になります。

ベンゾジアゼピンの離脱法(止め方)については欧米でいくつかのガイダンスがありますが,これらをそのまま日本の実情に持ち込んでもまず使い物になりません。
欧米の患者さんに見られる常用量依存と,わが国のそれとは,用量や使用期間が桁が1つもしくはそれ以上違っているからです。

そのあたりを理解していただくためにも,次回以降,まずは欧米と日本とのベンゾジアゼピンの使用実態の違いについて述べていこうと思います。

>>>睡眠薬と安定剤の正しい止め方 (9)
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